新型コロナウイルス感染症により亡くなられた方々の霊(みたま)のお道立てと感染された方々の回復、感染拡大の速やかな終息をご祈念申し上げます。そして、新型コロナウイルス感染症に立ち向かわれている医療従事者の皆さまに感謝申し上げます。

争わない勇気

2022.06
金光教東京センター次長
宮 田 和 弘

 ロシアによるウクライナへの軍事侵攻が開始されて3カ月以上が経ちました。それ以来、テレビやネットからは毎日のように悲惨な映像が目に飛び込んできます。町並みは破壊され、人々は故郷を追われ、財産を失い、心に深い傷を負う人も後を絶ちません。ウクライナ・ロシア両国ともに数多くの尊い命が失われており、世界中の人々が一日も早い戦争の終結を願っていますが、事態は一向に解決しそうにありません。
 そもそも、人は何故戦争をするのでしょうか。もちろん国を治める指導者には、場合によって国を守るために引くことのできない事情が存在することは理解できます。でも、過去に世界で起きたいろいろな戦争を見ても、戦争によって双方の満足する結果が得られたことはほとんどありません。必ずといっていいほど、どちらかが不幸な結果を受け入れざるを得ないことになっています。


 国同士の戦争とは状況が異なりますが、私たち自身も、時と場合によって人と言い争いになったり喧嘩になることがあります。暴力に訴えることはめったにないでしょうが、相手が間違っていることを正すためだったり、自分の意見を主張するためだったり、単に気持ちがイライラしているためだったり。でも、多くの場合、心が落ち着き冷静さを取り戻した後で、自らの行動を反省することもよくあります。一時は相手を負かして勝ったように思えたとしても、そんな状態は長続きしません。
 金光教祖は「人の悪口を言う者がよくある。もし、その場にいたら、なるべく逃げよ。陰で人を助けよ。陰で人を助けておれば、おのずと神の恵みがある。」「たとえ人にたたかれても、けっして人をたたいてはいけない。人に難儀をさせるな。よい心にならせてもらえればありがたいと思い、すれ違った人でも拝んであげよ。できるだけ人を助けるようにせよ。」とおっしゃっています。
 以前、子どもの出産に立ち会い、生まれたばかりの赤ん坊を見たとき、とても愛おしく感じました。そして、自分も含め他の人もみんな同様に誰かにとっての愛おしい子どもだったんだと思ったとき、すべての人が愛おしく思えるようになりました。人は皆、神様から見れば可愛い我が子です。そんな我が子同士が争うことを神様はきっと悲しんでおられるでしょう。
 たとえ人に負かされ傷付けられたとしても、感情のままに人と争うよりも、自分の感情を抑えて我慢することの方が、何倍も勇気のいることです。そんな勇気を持てるようになりたいと思います。

コメント記入

次のフォームにコメントを記入してください。