読む信心-息子から孫へ命の物語

 知子さん(60)は、二男の信夫さん夫婦の出産を今か今かと祈りの中で待っていました。知子さんにとっては初めての孫になります。【金光新聞】

 その子が無事に誕生することを日々祈りながら、知子さんは、もうすぐ父親になろうとしている信夫さんが生まれた時のことを思い出していました。それは、今から27年前のことでした。

 知子さんは、予定日が迫っているにもかかわらず、胎児がおなかの中で動かなくなったので、病院で診察を受けたところ、医師から「死にかかっています」と言われ、すぐに入院することになりました。

 「陣痛促進剤を点滴して出産に持ち込みたいのですが、産道を通る間に胎児がどうなるか保証できません。八、九割覚悟しておいてください。とにかく全力を尽くしますので」。知子さんは医師から、こう告げられました。

 胎児の心臓は、かすかですが一定間隔で脈を打っていました。それは、苦しい中を懸命に生きようとしているかのようでした。知子さんは、無事出産できるようにと一心に祈り、ご主人も病院の廊下で祈り続けました。

 そうして4時間ほどたったころ、弱々しいながらも「オギャア」という産声を上げて、信夫さんが誕生しました。体重はわずか1千680グラムしかありませんでした。

 その病院には未熟児用の保育器がなかったため、赤ちゃんはすぐに隣市の未熟児センターへ救急車で運ばれました。知子さんは、予断を許さない状況の中で無事出産できたことに感謝するとともに、わが子に対して心の中で、苦しい思いをさせてしまったことをわびました。

 それから2カ月余り、知子さんは母乳をしぼっては冷凍保存し、ご主人がその冷凍母乳を、車で1時間ほどかけて未熟児センターに運ぶという日々が続きました。

 その後、信夫さんは後遺症もなく元気に成長し、成人となった現在は、病院で高齢の人たちのリハビリ治療に当たっています。

 その信夫さんに、待望の男の子が生まれました。3千552グラムで、手足が大きく顔は父親似でした。知子さんには、新生児を見詰める信夫さんの顔が父親の表情になり、一家を背負っていく責任感が表れているようで、とても頼もしく見えました。

 知子さんは、事あるたびに、信夫さんに、誕生時のことを話してきました。信夫さんは「また始まった」という顔をしますが、知子さんにとってそれは、二人の命のルーツであり、今を支える大切な物語なのです。

 私たちの命がこの世に誕生するまでには、それぞれのドラマがあります。出産は、母子双方が自らの命を懸けて取り組む一大事業です。そのことに思いをめぐらせながら、そこに生き生きとお働きくださっている神様と、望まれてこの世に命を頂いたことに対してどれほどお礼が言え、人助けの営みができているだろうかと、あらためて思うのでした。

 知子さんは、初孫の愛くるしい表情に目を細めながら、わが子をはじめとする若い人たちに、「あなたは家族中が待ちに待った大切な一つの命である」ということを肝に銘じてもらい、世のお役に立って、人を助ける人生を歩いてほしいと願わずにはいられませんでした。
 
※このお話は実話をもとに執筆されたものですが、登場人物は仮名を原則としています。


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読む信心-Update:2008/06/20

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