「青い鳥点訳グループについて」のページです。

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青い鳥点訳グループの活動

点訳奉仕者感謝式

昭和31年11月4日、野方幸雄氏の点訳奉仕図書が500冊に達したのを機に、“点訳奉仕500冊成就感謝式”が金光図書館館長室で行われ、野方氏に、金光教諸師揮毫の画帖が記念品として贈られました。

出席者は野方氏のほか来賓として金光教教監佐藤博敏、同社会課長杉本光夫、同中国教務所々長佐藤賀鶴雄の諸氏、図書館から内田館長、山県司書、出川点字係でした。

翌32年11月4日、中野睦子氏(大分県)と光田行子氏(岡山市)が点訳3,000ページに達したのを機に、長年校閲奉仕にあたられた湯浅秀夫氏を加えて3名に対する感謝式が行われました。

その後毎年11月の読書週間に併せて感謝式を恒例化し、点訳3,000ページ、10,000、30,000、50,000、70,000、……ページに達した奉仕者と校閲者に対して金光図書館長から感謝状と記念品を贈ることが定められました。

そして昭和47年の第17回からは、それまで毎秋関係者だけが参加して比較的ひっそりと行っていた館長室での感謝式の席を、毎年春に闇かれる青い鳥点訳グループの総会々場に移し、その行事にあわせて開催されるようになり、現在にいたっています。


青い鳥点訳グループ総会

グループ結成の翌33年から毎年l回総会を開催し、会員が各地から集まって予算・決算・事業に関する報告や点訳に関する体験発表・講習・懇談会を行って1日を一緒に過しています。

昭和47年からは、総会の日程に金光図書館点訳奉仕者感謝式が組み込まれるようになりました。会場は、昭和43年の第12回までは図書館、金光学園幼稚園、吉備乃家(旅館)のいずれかでしたが、昭和44年からは金光教玉水教会控所を借用して開催しました。現在は本部総合庁舎4階会議室を借用して開催しています。

総会では、2年ごとに役員の改選が行われます。初代委員長の野方幸雄氏は、昭和47年3月になくなるまで7期委員長に選出され、その後は上坂文雄氏が二代委員長を引き継がれました。現在は、野方世輝雄氏(岡山・操山教会長)が委員長を務めています。


岡山刑務所収容者の点訳奉仕活動

昭和32年8月、札幌刑務所で野方幸雄氏が点字の講習を行なったことから、岡山刑務所でも講習会を開いてほしいとの要望があり、翌33年2月に野方氏、出川点字係が同所に出向いて最初の点字講習会を開催しました。そしてその後も度々、野方氏と湯浅秀夫氏が指導におもむきました。

同年7月、点訳書が10冊になったのを機に、金光図書館への第1回点訳図害献本式が同所内において開催され、奉仕者代表から内田金光図書館長へ点訳書が手渡されました。

当日の出席者は刑務所より日山総務部長、笠間管理部長、杉野教育課長、来賓として江口岡山県盲人協会長、野方氏、湯浅氏、図書館から内田館長、出川点字係でした。献本式は第1回ということで同所講堂において全収容者が出席して開催され、山陽テレピ・ラジオで一般に紹介されました。

以来献本式は毎年2〜3回行われ、昭和56年1月21日の第44回までに59名の奉仕者が2,237冊を完成し図書館に納めましたが、この冊数は、点字蔵書のうちの点訳奉仕によるものの2割に近い数字です。制限された環境であっても、途中一度もとぎれることなく次々と引き継がれて行き、また研修を重ねながら主に日本・外国小説に取り組み、長編小説などは多くの読者に歓迎されています。

感謝の意ををこめて、一般の点訳者と同じく3,000ページ、10,000ページ以上点訳者には記念品(辞書)を贈っています。


点字講習会

昭和24年に始まった野方氏の点訳奉仕活動が社会に注目されて、昭和28年に、県内の各図書館職員がはじめて点字講習会を受講しました。これが金光図書館の点字講習会の始まりです。

昭和31年から32年にかけて野方氏宅で講習会および懇談会を6回開催し、受講者は、第1回は7名、2回目からは毎回10名以上ありました。

昭和33年には北海道各収容所(講師・野方氏)、金光教鳥取県東部教会連合会、34年には同県西部教会連合会が受講したのを始め、大阪市の浪花金光学園、岡山県立笠岡高校JRC、35年からは県内の高校(瀬戸、関西、西大寺、鴨方、倉敷中央、玉高、青陵)のJRC、岡山日赤高等看護学院、金光学園木綿崎クラブ、岡山県立天城高校、岡山養護学校、倉敷市立東中学校、西中学校、広島県福山市の暁の星栄養専門学校の点訳クラプ等で度々開催しました。

昭和35年からは毎年7月に全国的に催おされる“社会を明るくする運動月間”の金光図書館の行事として7月8月の日曜日ごとに講習会を開催することになり、岡山、倉敷、玉島(合併前)笠岡、玉野、福山の各市で図書館、公民館、学校等を会場に借用し点字係と金光町や地元のグループ員2、3名が出向いて指導にあたりました。

現在は、市内の各小中学校や金光教学院からの要請に応じて、点字講習を行っています。


教内点訳者養成講習会

昭和49年から毎年1回2泊3日の日程で教内点訳者養成講習会を開催することになりました。

これは年を追って増加する金光教関係出版物の点字図書化と、全国各地でその点訳にあたる奉仕者を増やして行くために、地方にあって点訳活動のリーダーとなり得る教内点訳奉仕者の養成を目的として始められたものです。

第1回は全国から24名の受講者(内男7名)がありましたが、第2回以後は10名〜17名となりました。現在は、パソコン点訳が主流となったこともあり、点訳の基礎とパソコン点訳の講習を主な内容として実施しています。


“でいご”活動

昭和43年の夏、グループ員の笠原(旧姓、沖田)妙子氏(当時保育園勤務)が学生時代の友人を訪ねて沖縄に旅行しました。

その折、沖縄盲学校を訪問し、図書室に点字図書が多くないのに驚き、帰国後、金光図書館の点字図書の長期貸出しは出来ないかとの相談が寄せられました。

当時、沖縄はまだ本土復帰が果たされていませんでしたから、郵送による貸出し、返送は色々と面倒ではないか、いっそのこと寄贈した方が、良くはないかと、グループとも検討した結果、原本は金光図書館の児童室から選んで(印刷配布されるような選定図書は除く)借用し、点訳はキャリアのある人が担当するということになりました。

そして、グループ活動の一つに加え、その名称は沖縄の花“でいご”からとって“でいご活動”と名付けることになりました。

第1回は10名が参加して25タイトル29冊を完成し、グループ員の手で製本装備し荷造りをして、メッセージ(点字と墨字で書いたもの)とともに吉川信雄氏(金光教福岡高宮教会長)と林雅信氏(金光教那覇予備布教所布教師=現金光教那覇教会長)に托して、昭和44年5月19日、沖縄盲学校で第1回献本式が行われました。

以来毎年11月に30冊前後の点訳図書(児童向き)が贈られて児童たちに楽しく読まれています。

本土への復帰が実現した昭和47年の第4回目には、出川正教グループ員(図書館点字係)が渡沖し、盲学校の生徒に直接手渡し、その翌日には生徒たちと懇談しました。

こうして第11回(54年)まではすべてグループの手づくりで贈られましたが、第12回からは製本は外注し表紙等もよくなり、より本らしい本となって生徒たちにも喜ばれています。


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