●教師インタビュー
 「緩和ケアの現場から」


金光教放送センター



(ナレ)皆さんは「緩和ケア」という言葉をご存じですか? 末期がんを始め、治療することが難しい病気の患者さんに寄り添い、体の痛みやつらさ、精神的な不安を和らげるといった体と心のケアをすることです。
 今日は、その緩和ケアの現場で活躍している、長崎県・諫早(いさはや)教会の原信太郎(はらしんたろう)さんをご紹介します。
 原さんは金光教教師である傍ら、呼吸器内科医、緩和ケア医、臨床宗教師として、長崎県内の病院に勤めています。
 これまでたくさんの患者さんに接してきた原さんですが、中でも特に印象的だった、2人の患者さんについてお話しくださいました。
 一人は、時間を掛けて、お互いの関係性を築けていた患者さんです。ある日、「何か言っておきたいことはありませんか?」と何気なく口にしたひと言がきっかけでした。


(原)「何か言っておきたいことありませんか」というその私のひと言に目をつぶって、ちょっと眉をしかめただけで特に何も声を発さなかったんですね。その患者さんの隣に娘さんがいらっしゃいました。それでこの会話を聞いていて、私が部屋を出ますと、そのご家族からすごい剣幕で怒られました。「どういうつもりですか。患者はね、もう自分がこの後どうなるかなんて分かってるんですよ。それなのに、『死にますから最後にひと言残しませんか』と言ってるに等しいでしょ」って。
 その時、本当にしみじみと失敗したと思ったんですね。私とその患者さんとの間には、ある程度関係ができてるかなと思っていたけれども、ご家族とは全然話をしてなかったんですね。
 とにかくお話を聞かせてもらうしかないと思って、ずっと聞かせてもらいました。そうして聞かせてもらううちに、ご家族も一緒に戦ってるんだなということに気付かせてもらったんですね。私には患者さん本人の悲しみしか見えてなかった。看病をしているご家族も同じように苦しんでいて、同じように悲しみを抱えてるんだなと。そういうことに気付かせてもらったんです。


(ナレ)そして、もう1人の患者さんは、首から下に麻痺(まひ)が残り、ほとんど寝たきりだった方です。


(原)病気のつらさも相まって、すごく気持ちが荒んでいて、とにかく人に当たりまくってる方がいらっしゃったんです。私が何回か面接させてもらうと、確かに心は荒んでると言いましょうか、もうピリピリピリピリしてたんですね。私はもう「どうぞ金光様、この方の心が助かりますように」と本当にもうずっとお願いしながら話を聞かせてもらいよったんです。
 ある時その方が、「私の麻痺は、どこか良い病院で治療してもらったら治るんじゃないですかね」と突然言い出したんです。自分の病気はもう治らないからここに来ているんだと本人は知ってるはずなんです。知っているのに、「治るんじゃないか」と言うってことは、何とかなってほしいのに、何ともならない苦しみですよね。「ああ、ここに苦しみがあるんだろうな。何と答えようかな」と思って、祈りながら聞いてる時に、ふっとね、末期の子宮頸がんで、もう余命1カ月だと宣告された主婦のお話を、何となくふっと思い出したんです。それはその主婦が、「人間が生まれる確率というのは、もう宝くじの大当たりが何万回も連続で当たるような奇跡に近いんだ」ということを知って、「ああ、まさに自分の命というのは、本当に奇跡の中で生まれてきたんだな。ということは、この命は本当に生かされて、今自分が生きているんだ」ということを病室で気付かせてもらったんですね。「本当にありがとうございます」としみじみ思って、そこからその主婦はあらゆる物事に「ありがとう」と言うことを始めたんです。もう自分の抗がん剤治療で抜けていく髪の毛の一本一本にすらも、「ありがとう。ありがとう」と言うようになったんです。すると、そのありがとうをくり返してるうちに、信じられないような、本当に奇跡的なことが起こりました。抗がん剤がすごく効いて、放射線治療もよく効いてきて、もう余命1カ月と言われていたのが、完全にがんが治ってしまうんですね。そういう奇跡的な体験をした。
 そのエピソードをその方にお話しさせてもらったんです。そうすると、あれだけピリピリピリピリされてた方が、「ああ、ありがとうですか。なるほど、それだったら私もできるかもしれない」とぽつっと言ったんです。それから本当にありがとうを言うようになってきたんです。そうすると、次第にその病棟のスタッフから、「あの方の表情が最近明るくなりましたね」とか、「ありがとうと言うようになってきたんですよ」とか、そういう声が聞こえるようになってきたんです。
 それだけでも結構すごいことだと思いますけれども、それどころじゃなくて、さらにまただんだん奇跡が起こってくるんです。首から下が完全に麻痺していたのが、少しずつ少しずつ自分の手でティッシュをつかむことができるようになったりとか、スプーンを手につかんで、食べ物を自分の口に持っていくことができるようになってきたんですね。しまいには、完全に寝たきりだったのが車椅子に座れるぐらいまでになったんです。そのぐらい劇的な変化が本人に起こってきたんです。「すごい力だな」と本当にしみじみ思いました。
 ありがとうを実践される中で、実際に体の機能が回復しましたからね。体の機能が回復するだけじゃなくて、医療者との関係性だったり、ご家族との関係性まで回復していくんです。本当にこの「ありがとう」という言葉、金光教では「あらゆる物事に感謝しなさい。自分の身の回りのこと全てに感謝しなさい」と言います。まさにそれを実践することによって、こんなに人は変われるんだというのを、本当にまざまざと見せていただいたなと思うんですね。



(ナレ)二人の患者さんから大切なことを教えてもらったという原さん。
 原さんは、「患者さんの助かりと自分の成長、その両方を、神様が願ってくださっている。全ての患者さんは、神様が出会わせてくださっているのだ」と実感しています。
 今日も神様にお願いしながら、患者さんと、そのご家族に寄り添う原さんの姿に、人との出会いをもっと大切にしていきたいと感じずにはいられません。


 


 

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