●こころの散歩道
 「あの時のゆかいなおじさんへ」


金光教放送センター



 87歳になる祖母の家に、片付けのお手伝いに行った時のこと。棚の中から、ごっそりと手紙の束が出てきた。「えー、こんなに手紙とってるん?」と聞くと、祖母は、「いざ捨てよう思うても、読み返したら捨てれんやろう。書いてくれた人のことを思い出すけんねえ」。こう話しながら、懐かしそうに手紙を読み始めてしまった。
 「ああ、いかんいかん。読み始めたら一向に片付けは進まんよ」と思ったが、ほほ笑みがら手紙を読む祖母の姿を見ると、「まあ、これも大事な時間なんよね。書いてくれた人との思い出がいろいろとよみがえるよね。片付けはぼちぼちでいっか」。こう思えてきた。
 そういえば、私自身、手紙は久しく書いていない。字を書くのがおっくう、書くのにも届くのにも時間が掛かるなどなど、最近ではスマホやパソコンのメールでちょちょっと送っておしまい、といった感じだ。用件だけのやり取りで、後から読み返すこともほとんどない。
 手紙を手に取ってみると、直筆の文字から伝わる温かさがあり、近況を伝えながら相手への感謝の心や気遣う心を感じる。文字も文章も人それぞれ、個性も感じる。「確かに何度でも読み返したくなるものだな」と手紙の世界に引き込まれていったのだった。

 片付けの最中、「あったあった。これ見て見て」と祖母はうれしそうに古い手紙を持ってきた。「奥に直し込んどいたんやね。これを探しとったんよ」と、祖母は埃を払いながら、便箋(びんせん)と1枚の写真を取り出した。「これ何?」と聞くと、祖母はこの手紙のことを教えてくれた。
 話によると、祖母と祖父、夫婦二人で公園を散歩していた時に、遠足に来ていた小学生たちと出会った。写真が好きで、いつもカメラを持ち歩いていた祖父は、その子たちの写真を撮ってあげたらしいのだ。その時に、学校名を聞いていて、後日現像して写真を学校に送ったそうで、これは子どもたちからのお礼の手紙なのだという。そこにはこう書かれていた。
 「文章も字も下手ですが、あの時の僕らみんなで真心込めて書きました。写真ありがとうございました。わざわざ学校に送ってくれて、先生は、『世の中には親切な人がいますね』と話していました。みんな、『またおじさんに会えるといいなあ。あの日のように、穏やかな気持ちでおじさんと遊びたいなあ』と話しています。おじさんの手紙に、『みんな元気に楽しく学校で過ごせるように神様にお祈りしています』と書かれていてびっくりしました。うれしかったです。おじさん、くれぐれもお体に気を付けて。おばさんにもよろしくお伝えください。ではさようなら。あの時の愉快なおじさんへ。あの時の僕らから。昭和27年2月25日」
 そして一緒にあった白黒の古い写真には、満面の笑みを浮かべる坊主頭の少年たちと先生らしき女性が写っていた。祖父はこの手紙を大切に取っていて、祖父が亡くなった後は祖母が受け継いで、奥にしまい込んでいたらしい。
 「へー、『愉快なおじさんへ』だって。じいちゃんってひょうきん者だったのかな?」
 祖父は若くして亡くなったので、私には祖父の記憶はないが、愉快に子どもたちを笑わせながら写真を撮る祖父の姿を想像した。手紙が若き頃の祖父の姿をイメージさせてくれる。何ともありがたいことだ。これから先も、この手紙を家族みんなでずっと大事に残していこうねと話し合った。
 70年ほど前の1通の手紙が、時を経て、世代を超えて受け継がれていくなんて、手紙を書いてくれた「あの時の僕ら」は思いもしなかったことだろう。もうおじいちゃんとなったであろう「あの時の僕ら」は今、元気にされているだろうかと思いを巡らせたのだった。

 こういうことがあって、私は、久々に手紙でも書いてみるかとペンを執った。宛先は学生時代の先生。先生には家で食事をごちそうになったり、学ぶことや生きることについて、いろいろと教えてもらったりと、大変お世話になった。
 卒業して離れてから、早20年。遅くなったけれど、あの時を思い出しながら、お礼と近況を手紙にしたため、ドキドキしながら送ったのだった。
 数日後、うれしいことに返事が届いた。そこには、「元気そうで何より。まだまだ40歳。今のうちにたくさんたくさん失敗して、たくさん恥をかいて、大きな人間に育つことを願っている」と書かれていた。
 仕事でキャリアを積み、評価、成功にとらわれていた私にとって、「たくさん失敗し、たくさん恥をかいて、人として大きく成長を」との言葉は心に響いた。忙しい毎日の中で、時折読み返す宝物の手紙となった。私もこの言葉を、いつか後輩や子どもたちに伝えたいと思う。
 口では言いにくいことも、手紙なら素直に書けるものだ。あの時のあの人へ向けて、祈りや願いが込められた言葉、真心のこもった言葉が届けられていく。その言葉や手紙が、時を経て受け継がれていくこともあるのだ。そんな温かい言葉の広がりを大切にしていきたいと思う。


 


 

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