●信心ライブ「祈られていたのは、私でした」

金光教放送センター



 昭和40年6月12日のことであります。小学校4年生の時に、私の父が、何の前触れもなく突然亡くなったのです。38歳でありました。
 私は、父の遺体が安置された部屋で、ぼうぜんと立ちすくんでいました。昨夜、一緒にお風呂に入った父が、突然亡くなってしまったのです。この事実を受け入れる間、私の頭の中は真っ白でありました。
 私の持って行き場のない悲しみの心は、神様に向けられました。私は神様に何度も訴えました。「なぜ私の大好きな父が、こうも早く死ななければならなかったのでしょうか。他だっていっぱい人はいるでしょ。世の中悪い人だっていっぱいいる」。神様に対して、なぜという疑問を持ち続けることになりました。その頃から、私はひねくれた性格になり、物事を冷めた目で見るようになっていきました。

 幼い頃に父親を亡くした経験は、その後の加藤さんの人生に影を落とします。自暴自棄になり、非行の道に走りそうになったこともありました。
 それでも、周りの人たちに支えられてどうにか立ち直り、結婚を機にようやく明るさを取り戻すことができました。
 そして、加藤さんが36歳の時…。

 平成3年のことです。私の長女が小学生の時、小児ぜんそくを患いました。症状は重く、ある時窒息死しかけたこともあり、私たち夫婦は神経質になっていました。
 長女の下に3人の兄弟があり、一番下の三女がまだ手の掛かる時期でもありましたので、夜は長女以外の子どもたちは家内が面倒を見て、長女は私が看病することになりました。
 長女は、ほぼ毎日、夕方頃からぜんそくの発作が起こります。軽い時もありますが、重い症状が続く時もあります。そのような時は気管支拡張剤をのませるのですが、すぐに効き目が現れるわけではないので、発作が治るまで長女の近くでご祈念をします。
 ご祈念をするとはいっても、その祈りの中身は、「この苦しみは、いつまで続くのだろうか」とか、「大きな発作が起こってきて、死んでしまったらどうしよう」とか、不安と心配な心でいっぱいになっていました。「神様何とかしてく下さい。病気の根切れのおかげをください」というようなことばかりをお願いしていました。
 1週間ほど、夜、発作が起こっておりましたので、ろくろく眠れていない日が続いたある日のことであります。その日の晩もやはり発作が起こり、薬をのませ、効き目が現れるまでご祈念をしていました。
 私はご祈念をしながらも、寝不足でついうとうとして、その時夢を見ました。その夢は私が幼かった頃、熱を出して布団で寝ている時の夢でありました。私の枕元で、父が一生懸命に、私が病気から回復するように祈っている姿の夢を見たわけです。
 それで私ははっと目が覚め、気付きました。私はわが子の病気のことで心を痛めているが、実は私も親に心配を掛け、今の私のように寝ずの看病や祈りを受けていたのだ。自分一人が苦しんでいるように思っているが、そうではなく、今祈っている私を祈ってくださっているお方がおられる。祈られているのは自分の方だ。そのように思えると、心の底からありがたいという気持ちが湧いてまいりました。
 親にならせていただいているから子どものことを心配できる。様々なことにおかげを頂いていると、ありがたいことが次々と思い起こさせていただき、気が付けば涙を流しながら、「ありがとうございます。ありがとうございます」と神様にお礼を申していました。すると不思議なことに、温かいものに包まれ、いつまでもいつまでもご祈念をしていたくて仕方がない気持ちになったのであります。
 そして、その日を境にして長女の発作は起こらなくなり、真に病気の根切れのおかげを頂きました。神様は私の大好きな父に姿を変え、「祈られているのはお前だぞ」と教えてくださったのだと思います。

 いかがでしたか。
 どうして自分の父親がこんな早くに死ななければならなかったのか。それは、答えの出ない問いでした。そして、答えがないと分かっていればこそ、なおさら、問い続けずにはいられなかったのでしょう。
 そんな加藤さんにとって、夢に見た亡き父の姿は、神様からのメッセージと映りました。
 姿・形はなくなっても、今もなお父親が祈ってくれているという実感は、神様がここまでの人生、ずっと共に歩み続けてくださったという確信になったのです。
 どんな時でも、神様がすぐ隣に寄り添ってくださっている。その心強さを感じさせられました。

 


 

《TOPへ》