●次男の受験

金光教青森教会
北林晴美


 おはようございます。パーソナリティの大林誠です。
 さて、子どもの受験というのは、親にとっても一大事ですよね。どこの学校に行くのか、どういう道を進むのか、心配が絶えません。今日はそんな受験についてのお話をご紹介します。金光教青森教会、北林晴美さんのお話で、「次男の受験」。

 今日は、私の次男が高校を受験した時の体験をお話しします。
 中学3年生ともなれば、卒業後の進路を決めなければいけませんが、次男は、「なぜ高校に行かないといけないの?」と言うだけで、なかなか進路を決めてくれませんでした。
 中学卒業後は高校に進学するのが当たり前だと思っていた私は、彼の問い掛けにきちんと答えることもできないまま、最終的な進路を決めなければいけない12月になってしまいました。
 「将来何になりたい?」「何に興味がある?」と、次男に尋ねても、いつまでも明確な答えは返ってきません。
 そんな中で次男は料理をするのが好きだったと思い当たりました。私が、「調理師になるなんてどう?」と、再三勧めたところ、次男もやっとその気になってくれ、調理科のある高校を受験すると言ってくれたのです。
 私は、次男がそのような気持ちになってくれたことがとてもうれしく、安心しました。
 しかし、結果は不合格でした。
 その結果を聞いた私は、とても悲しい気持ちになったのですが、その時、「僕、やっぱりあの高校行きたかったなあ」と、次男が言うのです。
 ちょっと前まで、「なぜ高校に行かないといけないの? 高校なんて行きたくない」と言っていた次男が、初めて高校に行きたいと言ってくれたのです。私は次男からその言葉を聞いてうれしく思い、さっきまでの悲しい気持ちが吹き飛びました。
 その後、次男もやっと前向きに受験に取り組んでくれ、いくつか受験しましたが、なかなか合格通知をもらえず、私は落ち込んでしまいました。
 そんな時、夫が、「これ、読んでみて」と、ある金光教の冊子を渡してくれました。その記事には、「入れてもらえる高校へ」という見出しが付けられていました。ある母親が進路について息子と意見が合わず、悩んだ末に、金光教の教会の先生に相談したところ、「入れるところに入らせていただければよろしい」と教えを頂いて納得する、という内容でした。
 それを読んでいく中で、そのお母さんの心境が、私の心境そのもののように感じられたばかりか、「入れるところに入らせていただければよろしい」という言葉が目に入った瞬間、衝撃が走りました。
 子どものためにと思って、「この高校に行ってほしい」とこだわることが、果たして、本当に子どもの将来のためになるのだろうか、「子どものために」と言いながら、自分が安心したいだけの独りよがりの思いでしかなかったのではないか、と思い当たったのです。要は、子どもが自分らしく生きていくことが大切なのだと気付かせていただきました。
 そして、これからは、どんな事が起こってきても、その事柄をポジティブに受け止める稽古をしていくことが親の務めなのかもしれないと感じました。
 とはいえ、2月末の時点で1校も決まっておらず、3月の最後の試験を残すのみになりました。この間、私の中での不安や心配は尽きることはありませんでした。しかし、その度に、「入れるところに入らせていただければよろしい」を心で唱え、子どもが自分らしく生きられる道が付きますようにと祈る毎日でした。
 そして、ついに最終の試験に合格し、次男は無事に高校生になることができました。
 私は、次男の受験を通して、子どもを丸ごと肯定し起こってくる全ての事を引き受ける大切さを学びました。そして、子どもの幸せを思う時に親に出来ることは、祈りしかないと思いました。神様と一緒に子どもの成長を見守る。例え、子どもがどのような道を歩もうとも必ず神様が守ってくださる、そのように思ったのです。
 それでも、我が子の将来に対する心配はなかなか尽きないもので、何かにつけて子どもが転ばないように先回りしてしまう私です。そういう私だからこそ、起こってくる全ての事柄を受け止めることができる私にならせてください、と日々祈りながら問題と向き合っていこうと取り組んでいます。
 先日、ある偉人の言葉に出合いました。「大切なのは、どれだけたくさんのことや偉大なことをしたかではなく、どれだけ心を込めたかです」。このような言葉でした。今の私にぴったりだと感じます。
 お料理の火を付ける時も、洗濯機を回すためにスイッチを入れるその時でさえ、子どもが自分らしく生きられますようにと願う。日々祈りをこめて生活していこうと思います。


 いかがでしたか。
 北林さんは、子どもが自分らしく生きていけますように、そのためにも、まずは自分が、全てを受け止めていける良い親にならせてくださいと祈りました。そして、ご自身の日々の仕事に心を込めていきました。
 そうですね。親は親として、自分自身を改めていかなければなりませんね。
 今日も最後まで聞いていただきまして、ありがとうございました。

 


 

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