●つらい顔は息子に見せない

金光教放送センター


 岡山市の東部、のどかな田園風景の中、山際の緑豊かな集落に金光教豊原教会があります。
 出射宏子さんは、現在、74歳。毎朝、この豊原教会に参拝しています。8年前にご主人を亡くし、一人息子は、関東で暮らしているため、今は一人暮らしです。「でも、全然、寂しくないんです」と宏子さんは話します。
 母親想いの息子さんが、毎日、メールを送ってくれるのです。それも朝晩2回です。どんなに仕事が忙しくても、夜中になっても、メールをくれるのです。その上、月に1度は、2人の孫が写った家族写真を小さなアルバムにして送ってきてくれるので、離れていても、一緒に暮らしているようだと、幸せそうに宏子さんは話します。
 実家の母親が、金光教の信心をしていたこともあり、子どもの頃から教会にお参りしていた宏子さんですが、自分から進んでお参りを始めたのは、37歳の時です。当時、結婚してもなかなか子どもが授からず、諦めかけていたのですが、そのことで、実家の母に、つらい思いをさせていると感じたことが切っ掛けでした。
 「おかげを頂きたい」と本気で願うようになり、自らお参りするようになって、翌年、長男を授かったのでした。そして宏子さんは、ますます信心に取り組むようになりました。
 子どもの誕生を機に、教会にお参りしては、「どうぞ、心身共に健やかで、お役に立つ子に育てさせてください。そして親孝行してもらえるような親にならせてください」と神様に願うようになりました。教会の先生は、その願いを聞いて、「そういう大きな願いは、時間が掛かるものじゃから、途中で信心を投げ出さんように、しっかりおかげを頂きましょう」と励ましてくださり、親子そろってお参りを続けるようになりました。
 そんな中、息子が小学校1年生の時です。夫が不況のあおりを受けてリストラされてしまい、やがて昼間からお酒を飲むようになったのです。徐々にお酒の量も増え、アルコール依存症になってしまった夫は、以前からの糖尿病も進み、入退院を繰り返しました。
 同居していた夫の両親を含め、家族の生活を支えるため、宏子さんは、炊事や洗濯などの家事をこなしながら、仕事にも精を出しました。
 お酒に溺れる夫と、夫の両親、そして小さな息子を抱え、つらい毎日が続きました。宏子さんは、仕事の帰りに教会に参拝しては、苦しい胸のうちを先生に聞いてもらい、泣きながら訴えることもしばしばありました。先生は、いつも温かく迎えてくださり、時には、一緒に涙を流しながら励ましてくださいました。
 教会の先生の祈りと励ましに加え、宏子さんに力を与えてくれたのは、里の母親のかつての姿でした。
 宏子さんがまだ子どもの頃のことです。父親が仕事中の事故で失明してしまいました。母は、一人働いて、宏子さんを含め四人の子どもを育ててくれたのです。目が見えなくなり、仕事ができなくなった父親を、母は一度も責めることはありませんでした。そして、自分たち子どもに対しては、「大人になって社会に出たら、死にたいぐらいつらいことも起きてくる。それに耐えていくには、学生時代に、しっかり楽しんでおかないと、いい人生は送れない」と言って、アルバイトもさせず、それぞれ好きなスポーツに打ち込ませてくれたのです。
 宏子さんは、高校生の時、フェンシングで2度、国体に出場したのですが、今でも忘れらない母の姿があります。それは初めての国体に出場した時のこと。会場は遠く離れた秋田県でした。岡山から旅費の工面だけでも大変な中、母親は宏子さんの制服の裏生地をほどき、外から見えないように1万円札をはさんで縫い付けてくれたのです。
 「もしも、途中でみんなとはぐれてしもうたら、困ることになるじゃろう。その時には、この1万円で切符を買って帰っておいで。お母ちゃんたちは、その間、塩を掛けてご飯食べても生きていられるから、心配せんでええ。お母ちゃんはついて行けれんから、これがお母ちゃんじゃと思うてな、1万円入れさせてくれぇ」
 自分のことをそこまで考えてくれる母の姿に涙が出ました。
 目の見えなくなった父を支え、自分たち姉弟を育ててくれたそんな母の姿が、つらく厳しい状況の自分と重なりました。
 宏子さんは常に、「息子が良い子に育つように。自分が良い親にならせてもらえるように」と神様に祈り、この願いがかなうためには、夫や夫の両親に不満を言わないように、子どもの前ではつらい表情は見せないようにという、教会の先生の教えに取り組んだのです。つらいことや苦しい思いは、教会にお参りして、神様の前で全て先生に吐き出しました。車の中やお風呂の中で一人泣くことはあっても、子ども前では決してつらい表情は見せないように、いつも明るく振る舞うように努めました。その努力のかいあって、息子は母親想いの本当に優しい子に育ちました。今では2人の娘の父親です。
 今、宏子さんは幸せに暮らしています。あのつらく苦しい中を乗り越えることができて、こうして穏やかに安心して過ごせているのは、教会の先生のおかげ、母から受け継いだ金光教の信心のおかげだと、宏子さんは感じ、今日も教会へのお参りを続けています。

 


 

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