シリーズ「あなたへの手紙」第1回
●息子にイライラ/夫の母が熱心な信者

金光教放送センター


 おはようございます。窓を開ければ、富士山が見える。そんな美しい景色が楽しめる静岡県にある金光教静岡教会の岩ア弥生です。
 早速ですが、今日、最初の質問は、44歳、パート勤めをしているお母さんからの悩みです。
 「私の息子は、高校生で運動部に入っています。毎日、朝から晩まで部活の練習に励んでいます。家に帰ってくると、夕飯を食べ、お風呂に入るとすぐに寝てしまいます。部屋もちからったままで、何度注意しても、一向に片付けようとしません。そんな息子を見るとイライラが募ってきてしまいます。どうしたらよいでしょうか」
 このようなお尋ねです。

 そうですか。お母さんの気持ち、よ〜く分かりますよ。私も、この質問を読んで、高校生だった息子のことを思い出しました。
 私の息子も運動部で、夜、へとへとになって帰って来ました。私は、台所で、すぐに温かい夕食を食べさせてやろうと、いろいろおかずを温めて待っているのですが、息子は、かばんを置きに行ったはずの自分の部屋から、一向に出てきません。おかしいなと思って見に行くと、そこでもう力尽き、寝ているのです。やっとの思いで起こし、食べ終わり、お風呂に入るとまたそこで寝ている!
 「また寝てる!」と言って、私もイライラしていました。が、その時ふと、息子が赤ちゃんの時のことを思い出しました。息子は神経質で、ちょっとした物音でもすぐに目を覚ます子でした。「せめてあと30分寝ていてくれたら、家事がはかどるのになあ」と、赤ちゃんの時は、寝ないことで手を焼きました。それが、知らない間に、どこでも寝れるほど、たくましく成長していたんだなと思い直し、そう思ったら笑えてきました。今ではその息子も、社会人になりました。親元を離れて、炊事も洗濯も自分でして、仕事をするまでに成長しました。
 あなたの息子さんは、ちゃんと食べてお風呂に入って寝てくれるんですから、まだまだ救われます。つい、子どもの将来のことを考えて、「この先このままだったら、どうなるか」と、親は心配してしまいます。そんな時こそ、まずは、これまでのことを振り返り、「ここまで健康で育った。運動ができる。まじめに厳しい練習にも取り組んでいる」というように「よくぞここまで」という気持ちになれたら、心配が少し軽くなってくるのではないですか。成長していくと、言ってもなかなか親の思い通りにならないことが多くなりますよね。そんな中で、親のできることって、とにかく我が子を信じて、「よくぞここまで育ってくれた。どうぞここからも」という思いで、「生きる力がつきますように」と願い続けることなのかなあと今は思います。

 次は、神奈川県にお住まいの田中亜紀さん、30代の女性からの質問です。
 「私は、昨年結婚しました。夫の母親は、熱心な金光教の信者らしく、毎日、教会に参拝していると聞きました。金光教に入信すると毎日、教会に参拝しないといけないのですか」
 このような質問です。

 亜紀さん、ご結婚おめでとうございます。亜紀さんがそう思っている、という訳ではありませんが、結婚相手の母親が、何やら宗教をやっていて毎日参拝していると聞くと、最近はすぐ、「だまされているんじゃないか」「参拝を強制されているのでは」と思う方もいらっしゃるようですね。でも、金光教では、参拝を強制するようなことはありません。自由です。本人が教会へ行きたいなあと思う時、いつでも参拝でき、反対もしかりです。
 また、参拝するというと、一般的には、神様に一方的に願い事を聞いてもらうというイメージが強いと思います。金光教では、参拝して教会の先生に、起きてきた出来事、悩みなどを聞いてもらい、どうしたらよいか一緒に神様に祈ってもらいます。そして、教祖様の生き方に習って、これからどうしていくことが幸せにつながるのか、教会の先生に教えてもらいながら、自分の生き方を見直していくという中身もあるように思います。
 教会参拝と生き方のお稽古を、裁縫で例えてみたいと思います。家庭科の時間にミシンを使いましたよね。その時のことを思い出してみてください。布と布を合わせてミシンで縫う時、まち針を使って縫えば、ずれることなく縫うことができます。
 まち針を所々打つように、その時々で教会に参拝したら、神様にお願いして物事に取り組みますので、心配事も悩み事もみんな神様に預けて、安心して物事を進ませてもらえます。
 まち針だけでなく、さらに、しつけ糸をかけてからミシンで縫うと、よりずれずに真っ直ぐきれいに縫うことができましたね。お母さんの参拝は、しつけ糸をかけているようなものではないでしょうか。教祖様の生き方にずれぬよう、幸せになれるよう、一針一針縫うように、毎日毎日参拝して、生き方のお稽古しているように思います。
 亜紀さんも、一度教会に来られてはいかがでしょうか? きっとお母さんの気持ちが分かるのではないかと思います。

 


 

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