ラジオドラマ『ミカンちゃんのラジオ人生相談』
●第7回「夫の浮気」

金光教放送センター


登場人物
 青柳 文治 (88歳) 静岡県のミカン農家の隠居 愛称ミカンちゃん
 原田 ケイコ   (33歳) とあるラジオ局のアナウンサー
 真由美   (33歳) 主婦

(電話ベル音)

ケイコ   (電話取る)もしもし、「ミカンちゃんの人生相談」です。
女 性   …ミカンちゃん…ですか?
文 治   ミカン農家の隠居で88歳。どんな悩みもわしの胸に捨ててしまいなさい。
女 性   す、捨てられません! 3年余りも…捨てられずにいる…。
文 治   えっ、3年も?
女 性   娘が幼稚園に入った春でした。その子がもう小学校の1年生…。く、苦しくって…。
ケイコ   (優しく)ミカンちゃんに何なりとご相談ください。まずお名前とお年を。
女 性   …真由美です。33歳。浮気をしてるんです! 夫が!(泣いて)うそ一つつけない真面目な人だとばかり思っていたのに。ううう…
ケイコ   感情的にならずに、真由美さん。落ち着いて。
真由美   3年前の冬、夫が肺炎にかかり3カ月ばかり入院したんです。私は毎日病院へ看病に。ところが、そのさなかに私の母親が転んで骨折し、私はそちらのほうの世話で手いっぱいになり、夫の看病がなおざりになってしまったんです。その間に、事もあろうに夫が若い看護師に手を出し…。
ケイコ   ええーッ!
真由美   幸い母の方は大事に至らず、夫も退院し元の生活が戻ってきました。でも夫の様子がどうもおかしい。ある時私は夫の後を付け、2人を取り押さえ…。
ケイコ   勇気あるー!
真由美   必死だったんです。
ケイコ   それで、ご主人は何て?
真由美   「悪かった! 遊び心だったんだ。ゆ、許してくれー!」
ケイコ   相手の女性は?
真由美   「何でも買ってくれて、おいしいものをたくさん食べさせてくれるから、ただ会っていただけ」ですって。ビックリするほどにアッケラカンとして…。
ケイコ   じゃあ、前と同じ暮らしが戻ってきたって訳なんですね。
文 治   もう何の問題もないではないか。
真由美   な、何てことを! あたしはあれ以来ただの一度たりとも夫の裏切りを忘れたことがありません。嫉妬、屈辱、怒り。呪いの感情が胸にくすぶり続けて…。重い石を胸に抱え、息が切れそう…。
文 治   気の毒なことじゃのう…。
真由美   そう思ってくださるんですね。ミカンちゃん…。
文 治   あなたのご主人や、まだ幼ない娘さんが気の毒じゃと、わしはそう言うておる。
真由美   (キョトンとして)ええっ?

文 治   今、うちのミカンは花盛り。その山の中へ分け入ってゆく時のあの例えようもない幸福感! 人間だけではないぞ。甘酸っぱい香りに誘われて、ミツバチがたくさん寄ってくる。花の中に顔をググっと突っ込み蜜を吸う。その時に体に付いた花粉をハチが運ぶ。そして、あのおいしい、みずみずしいミカンの実がたあんとなるという寸法なんじゃ。
真由美   (イライラして)そのことと夫の浮気と、どんな関係があるっていうんでしょうか!
文 治   人はな、誰もがな、花盛りのミカンの山へ分け入ってゆく時のような、あの幸せいっぱいの気持ちを、いつも…いや、いつもとは言わんが、なるべく持つように努力してゆかなきゃならん!と、わしはそう思うのじゃよ。
真由美   …花盛りの、ミカンの山へ、分け入ってゆく時のような…?
文 治   今の真由美さんにはこれが一番大切なことではないかとわしは思う。考えてもみなされ。重い石を胸に抱いて登れるか? ミカンの花咲き乱れる段々畑を。だから、身を軽うしてな、ミツバチさんになったような思いで…。ま、そんな気持ちで、暮らしの山へ分け入るんじゃ。それには…。
真由美   (すがりつくように)…そ、それには?
文 治   許す。ご主人を許す。これしかない!!
真由美   (びっくりして)…許す…夫を…。
文 治   ご主人の浮気は確かに悪い。だが、許すことによってしか傷は癒やされん。ミカンはな、可哀想なことにいったん傷が付いてしまったら、もう売り物にはならん。農協でふるいに掛けられて、缶詰の材料となる―。
真由美   …缶詰の材料に?
文 治   だがなぁ…人間の心に付いた傷は、「許す」ことによって跡形もなく消えてなくなるのじゃ。
真由美   (ハッとなって)夫を許す!
文 治   (温かく)真由美さんも、実は許してあげたいと思うているんじゃあないのかなあ…。ご主人を、愛しているんじゃから…。
真由美   ウッ、ウッ、ウウウウ…(と、最後はワッと泣き崩れる)。
文 治   そろそろご主人や娘さんが起きてくる時分じゃろう。「おはよう!」と優しく声を掛けてあげてな。ミカンの山じゃ。ミカンの花、咲き乱れる山へ分け入ってゆくんじゃよ!
真由美   (まだ泣きながら)ミ、ミカンちゃん! 分かりました! どうもありがとうございましたー!

ケイコ   …「許す」…か。人間にしかできないことなのね。…あたしも、ミツバチさんになったような思いでミカンの花が咲き乱れる山へ分け入ろう! 「ミカンちゃんの人生相談」でした! ではまた来週も、お電話をお待ちしておりまーす。

 


 

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