ラジオドラマ『ミカンちゃんのラジオ人生相談』
●第6回「新米校長の憂うつ」

金光教放送センター


登場人物
 青柳 文治 (88歳) 静岡県のミカン農家の隠居 愛称ミカンちゃん
 原田 ケイコ   (33歳) とあるラジオ局のアナウンサー
 校長先生  (53歳)

ケイコ   (コーヒー注ぐ)ミカンちゃん、コーヒー。今日は少し濃い目に煎れてみました。
文 治   ヤ、いつもどうもありがとう。
ケイコ   ハイ、どうぞ。
文 治   (コーヒー飲む)あー、うまい!
ケイコ   良かったぁ。ミカンちゃん。そろそろスタンバイしてください。
文 治   もう1杯…と言いたいところじゃが、相談が終わってからにしようか。
ケイコ   ハイ。ミカンちゃんは静岡県のミカン農家のご隠居さんだから緑茶の方がイメージに合っていると思うんですけど。
文 治   イメージ通りに生きるのは肩が張るぞ。例えば、学校の先生は真面目でなければならんとかな。

(電話ベル音)

ケイコ   (受話器を取り)ハイ。「ミカンちゃんの人生相談」です。
男 性   …毎週、欠かさずに聴いております。
ケイコ   それはどうも。今日のご相談は?
男 性   私のような立場の者が相談を致しますのはいかがなものかと思った次第なのですが…。
ケイコ   私のようなもの?
校 長   この春より、私立の高等学校の校長をやっております。
文 治   おお、まだ新米の校長先生なんじゃのう。
校 長   はい。ですから、どうしても、しくじりたくはないのであります。
ケイコ   それで、校長先生、ご相談の内容を。
校 長   ハイ。実は私の学校の生徒で、度々問題を引き起こす者が。昨日も、授業中に…。

(窓ガラス、割れる)

校 長   教師の注意にカッとなったその生徒・A君が、突然暴れ出し、教室の窓ガラスが割れてしまって…。幸いケガをした者は一人もおりませんでしたが、授業は中断、恐怖のあまりに泣き出してしまう女子の生徒もいて。
文 治   そりゃ大変じゃったのう…。
校 長   はい。これまでにも何度かこのようなことが。それで担任の教師が、「自分の手にはもう負えない。校長室に呼び出して強く意見をしてやって欲しい」と頼んできたという訳でありまして…。
ケイコ   お気が重いことですねぇ。よく分かります。
校 長   お察しの通りでございます。学校の最高責任者と致しましての私としては、何が何でも明日その生徒に会って、善き方向へ導いてやらねばなりません。それが私の使命なんです。それなのにこの気の重さといったら…。自分で自分が情けなくなってしまいます。どうしたらよろしいのか…(と、今にも泣き出さんばかり)。
ケイコ   ご事情はよく分かりました。ミカンちゃんに伺ってみましょう。
文 治   うむ。さっきから話を聞いておれば、校長先生はその生徒とどのように接すれば良いのか、そのことばかりに気を取られておるようじゃが…。
校 長   それが一番の問題なんです!
文 治   本当に?
校 長   …え?
文 治   その前に、まずはじっくりと考えてみなきゃならんことがあるじゃろう。あなたは、そのA君が、明日校長室へ必ずやって来ると決めて掛かっておるようじゃが…。
校 長   えっ?
文 治   もしもそのA君が、明日校長室にやって来なかったとしたら…。来てはくれなかったとしたら…。
校 長   (ハッとなって)…来てくれなかったとしたら…。
文 治   よう考えてみなさいと言うたのはこのことじゃ。いくらあなたがA君のことを思い、彼を立ち直らせてやろうと躍起になったとしても、そのA君が、明日校長室にやってこなかったらあなたの役目は果たせんのじゃ。A君が来てくれたら、そのおかげで校長としての役目が果たせるんじゃから、例えどのような来方(きかた)をしようともだ、A君に礼を言ってから話をさせてもらうのが筋じゃと、わしならばそう思う―。
校 長   (けげんそうに)生徒に、私が? 礼を言う?
文 治   礼を言えんような人間に、どのような生徒も、とやかく言われたくはないからなあ…。
校 長   ハァ…なるほど…。よく考えてみます。では、失礼を致します。(電話切れる)

ケイコ(ナレーション)その数日後に、あの校長先生から、番組宛てに手紙が届きました。

校 長   ミカンちゃんのお言葉、深く心に染み入りました。礼を言えないような人間に、とやかく言われたくはない…。A君が来てくれるように私は必死で祈りました。…かなり遅れてやって来て、その態度も、初めは目に余るものでしたが、私は、「よく来てくれた。ありがとう」と、A君に頭を下げてから話を聞きました。A君は、最初はビックリしたようでしたが、だんだん反抗的な態度がなくなり、素直な顔付きになっていきました。A君は家庭内のことで、大変な問題を抱えていることが分かり、今後は、担任の教師と手を携えて力になってやらねばと、強く思った次第であります。あの電話で、ミカンちゃんのおかげで、私は教育者としての道を踏み外さずに済みました。ありがとうございました!

(コーヒー入れる)

文 治   (コーヒー飲む)ああ、うまい! 校長先生、仕事熱心も良いが、たまにはコーヒーを飲んで。肩の力を抜いてな。

 


 

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