シリーズ「昔むかし」
●障子と敷居

金光教放送センター


 昔むかし、ある町に、花(はな)という娘がおりました。
 花の家は呉服商を営んでおり、気難しい変わり者の父親と母親の3人で暮らしておりました。
 ある日、花は町を抜け、峠を越え、隣の村の外れをふらふらと歩いておりますと、粗末な家の前で一人の老人と出会いました。老人は、花を見とがめて声を掛けました。
「娘さんや、だいぶ疲れておるようじゃが、ちょっと休んでいかれんかな」
 花がふと目を上げて見ますと、その老人は白髪(はくはつ)でおまけに白いあごひげを長く伸ばしており、まるで仙人のように見えました。
「はい」と花は小さな声で答え、老人の持ってきてくれた水を一息に飲み干してしまったのです。
「どうなされた?」と、老人は聞きました。
 花はしばらくためらっておりましたが、
「考え事をしながら歩いておりましたら、こんなに遠くまで来てしまいました。どうしたら良いのか分からないのです。あなた様が決めて下さいますか?」
「はて…」と老人は言いました。
「私で分かることでしょうか」
「はい、私は死んでしまおうか、家出をするか、どちらを選んだらよろしいのでしょうか?」
 花は真剣に聞きます。
 それを聞いて老人は大層驚きました。そして、まず死ぬのは良くないと思い、とっさに、
「では、家出をしなさい」と言いました。
 すると花は、
「ありがとうございます」
 とお礼を言って、またふらふらと山の方に向かって歩き出しました。
 老人はまたまた驚きました。「何とせっかちな娘さんだ」と思い、あの山道には近頃追い?ぎが出るという噂を思い出して後を追い掛けました。
「娘さんちょっとお待ちなさい。やはり家出もいけません」。
 すると花の大きな目から涙がぽろぽろっと落ちました。ややあって、
「それでは私はどうしたら良いのでしょうか? あなた様の家に置いて下さいますか? 家のことは、炊事洗濯何でも致します」
 これを聞いて老人は、さらに困ってしまいました。
「一体どうなされたのですか?」と聞きますと、
「私のおとっつぁんは、近所の人もあきれるくらい口やかましい人で、私やおっかさんに、毎日ガミガミと小言を言っております。今日も何か気に入らないことがあって、また小言が始まりました。そして終わりに、『お前をそろそろ嫁入りさせねばならん』と言うのです。あの変わり者のおとっつぁんのことだから、この分だとどんな所に行かされるのか…。それで私は家を飛び出して来ました」
「ほほう…」
「嫁入り先のお方がおとっつぁんのようにガミガミと小言を言うお方だと嫌ですから」
 これを聞いて、老人はしばらくの間あごひげを引っ張りながら考えておりましたが、
「貴女の家には障子と敷居があるでしょう」
「はい」と答えますと、
「それで障子と敷居が合わなくなったら、どうします?」
「それは…、どちらかを削ります」
「それでは今度、敷居を親に例えて、障子は子どもに例えて考えてみましょう。親である敷居を削るよりは、子どもである障子を削る方が早いでしょう。この例えのように、まずは自分が相手に合わせるのです。そうすると互いに円満にいけるということです。どうですか、家に帰ってやってみませんか?」
「あのおとっつぁんにですか!?」
「どうしても駄目な時は、またいらっしゃい。家出のお手伝いをしましょう」。
 それで何とか花は納得して、家に帰りました。
 それからです、花は毎日のように「障子と敷居、障子と敷居」とぶつぶつとつぶやいて家の仕事をしておりました。そうしましたら、父親の小言が少なくなったような気がします。
 ある時、「障子と敷居」とつぶやいてる花の様子を父親が聞きとがめて尋ねました。それで、花は老人から聞いた話を父親に伝え、「おとっつぁんの思いに私の思いを合わせるようにしたの」と言うと、父親は何か心に思ったようで、いつものように小言を言いませんでした。
 それから数日後、「お前の嫁入り先を決めてきた」。花は恐る恐る聞きました。
「私の嫁入り先はどんなお方なのでしょう?」
 それは、隣町の気立ての良い小間物屋の息子でした。そうして嫁入り道具に、店一番の美しい着物を持たせてくれましたと。

 おしまい。

 


 

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