●キャンプのともしび

金光教下関北教会
宮野 寿


 皆さん、おはようございます。金光教では毎年夏に、中学生向けのキャンプを開催しています。私は縁あって、7年前からスタッフに入れて頂いていますが、昨年のキャンプでは特に心を打たれる出来事がありました。
 岡山県にある金光教本部の野営場には、全国から14名の中学生が集まってきました。彼らは、8月初めの大変暑い時期に、クーラーも扇風機もない山の中で、3泊4日、汗まみれ、泥まみれになりながら活動をしました。
 そのうちの一人、中学1年生のA君のお話をします。彼のことは赤ん坊の頃から知っているのですが、アウトドアが好きというより、どちらかと言えば芸術家肌のおとなしい子です。そして、幼い頃から気になるものをじっと食い入るように観察するような、非常に豊かな感性を持っています。なので、ぜひキャンプを通して、全身で何かを感じ取ってほしいと思い、お父さんに連絡したのでした。
 A君は山口県からの唯一の参加者で、一人で新幹線に乗って参加しました。大きなリュックを背負い、不安に押しつぶされそうな表情で、ヨタヨタと歩いてキャンプ場に到着しました。
 一人の知人もいない上に、キャンプ経験のほとんどない彼が、みんなとうまくやっていけるだろうか。ふと湧き起こった私の心配をよそに、A君はキャンプ初日の午後には、もう、同じ班の仲間とワイワイ楽しそうに活動していました。
 キャンプといっても、設備の整った場所で行うレジャーキャンプではありません。キャンプ場は、小高い丘の中腹、池のほとりにあります。設備も、トイレとシャワーと街灯があるのみで、本当に「山の中」といった感じの場所です。
 子どもたちはまず、自分たちが寝泊まりするテントを建てること、石を組んでかまどを作ることから始めます。薪を使ってご飯を炊き、水や食料は配給所から自分たちで運びます。水汲み場からテントまでは、かなりの坂があり、いわば、建物の1階から3階まで、炊事の度にポリタンクで水を運ぶようなものです。しかも真夏です。大人なら1回の食事で、音を上げるかもしれません。
 しかし、ほとんどが初顔合わせの中学生たちは、次第に打ち解けて準備を進めていきました。なぜなら、声を掛け合って、協力し合わないと、食事を作ることが出来ないからです。家では蛇口をひねれば、いくらでも出てくる水ですが、ここでは大切に使わないとすぐに空になります。
 誰かが空のタンクを持って水をくみに行くと、その重さを知っているからでしょう、途中で誰かが助けに行きます。
 そして、みんなで薪を拾い集め、班長さんは薪の組み方や火の着け方を教えています。手の空いている子は、ロープを張って物干し場を作ったり、木を組んで、別のかまどを作ったりしています。
 初めは頼りなく見えたA君の薪割りをする姿も、だんだん様になっていきました。みんなで協力して作り上げた食事を、冗談を言いながらモリモリ食べている姿は、とてもたくましく見えました。
 キャンプの最終日、皆の前で参加者一人ひとりが感想を発表します。少し日に焼けたA君は、非常に堂々と、次のように発表しました。
 「キャンプに参加して感じたことは、日常生活で当たり前だと思っていたことが無くなると、こんなに苦労するので、『当たり前』はとてもありがたいものなのだと思いました」
 他の参加者の感想にも、「両親や毎日さりげなく支えてくれる人への感謝の気持ちが深まり、水や食べ物や色々な物の大切さに気付きました。普段の生活の中でも、この心を忘れないようにしたいと思います」というものがありましたし、他にも、「自分一人の力ではなく、神様のおかげでここまで生かされていることが分かりました」と言う参加者もいました。
 金光教では、「天地のお働き」を「神様」として拝ませて頂いています。ですから、普段から、「食べ物も、水も、天地のお恵みとして大切にしましょう」とか、「お世話になる全てのものに感謝の心をもって生活しましょう」と何度も教えてもらっています。
 実は私自身も中学生の頃、このキャンプに参加し、先ほどのような感想を胸に刻みました。そのころの記憶は、今も、ともしびのように私の中にあります。ただ、普段の生活の中で実践出来ているかというと、怪しい場面がありました。
 しかし、こうして1年に1度、子どもたちと実際に天地自然の中で一緒にキャンプ生活をすると、あの時、心に刻んだともしびが、再び明るく輝くのを感じます。
 蛇口をひねれば水が出ること。スイッチをひねれば火が着くこと。誰かがご飯を作ってくれることなど、「当たり前」のありがたさを忘れないこと。そして、そもそも、水や燃料や食材が、天地のお働きの中で作り出されて、今、私の目の前にあること。
 A君は感想の中でこうも言っていました。
 「今回学んだことや感じたことを家でも思い出して、来年はもっと活躍したいと思います」
 私は今、A君や子どもたちに負けないように、まずは私自身が、普段の生活の中でも、水や食べ物やお世話になる全てのものに感謝する心を磨いていけるように努めているところです。

 


 

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