シリーズ「こころの散歩道」第4回
●こわれた自転車

金光教放送センター


 僕の家には、11年前、小学2年生の時に乗っていた子ども用の自転車があります。
 その小さな自転車の前輪は、交通事故でS字にぐにゃりと曲がっていて乗ることが出来ませんが、あの日のことを忘れないために大切に残してあります。
 小学3年生になる前の春休みのことです。
 僕の学校では、3年生になると、自転車の乗り方、マナーの実習があります。それまでは保護者と一緒でないと自転車に乗ることが禁止されています。両親からも、「お父さんかお母さんが一緒じゃないと絶対に道で乗っちゃ駄目だよ」と言われていました。でも、家の中で遊ぶのが退屈になって、まだ3年生になったわけではないけれど、2年生は終わったし、お兄ちゃんと一緒だったらいいかと思い、自転車で兄と近くの公園に出掛けました。
 公園にはいつも誰かが遊びに来ています。この日も友達がいたので一緒に楽しく遊んでいると、あっという間に夕方になり、帰る時間になりました。
 家に帰る途中、上り坂を横切る所があります。いつも車が来ていないか、注意しながら通る危険な所です。
 手前で自転車を降りて、押しながら横断していました。すると、そこへ大きな車が勢いよく上ってきたのです。僕はとっさのことで前に進むことも後ろに下がることも出来ずに立ち止まってしまいました。
 ガシャーン。車は自転車の前輪にぶつかり、僕もそのまま5メートルぐらい引きずられてしまいました。何とか起き上がると、車を運転していた人が降りてきて、「大丈夫?」と声を掛けてくれましたが、僕が、「大丈夫」と答えると、そのまま走り去っていきました。
 実は自転車が引きずられた時に足も下敷きになっていて、本当は大丈夫ではなかったのに、「自転車に乗っていたことが、ばれたら怒られる。どうしよう」という気持ちでいっぱいでした。今思うと、内緒に出来るはずもないのに、「何とか親に知られないようにしなくては…」と兄と作戦会議をしました。
 壊れていない兄の自転車を僕が押して、兄が僕の壊れた自転車を抱えて帰り、すぐに雨よけのカバーを掛けて見えないようにしました。
 何もなかったかのように家の中に入り、自分の部屋に入った時には、ほっとしたのか、涙が出てきました。でも、さすがは母です。何となくいつもと様子が違うと感じたのか、母は兄に事情を聞いたようです。びっくりした母は、それからすぐに部屋に来て、泣いている僕を、「怖かったね」と抱きしめてくれました。
 それから、母と自転車を持って警察署に行きました。初めて入った警察署の中で、ぶつかった時のことや車のことなど、色々なことを聞かれましたが、テレビドラマのようで、ドキドキしました。事故の現場にも行き、家に帰った時には、夜になっていました。

 仕事から帰って来た父に、全てを話しました。すると父は、「神様に、大事に至らなかったお礼を言おう」と言って、一緒に神様に手を合わせました。「ルールを守らなかったから事故に遭ったんだ」と怒られると思っていたので、「お礼を言うって、どういうこと?」とびっくりしました。
 父は、「お前たちが取った行動は良くないことだったけれど、毎日、お前たちの安全と成長を願ってくれているおじいちゃんやおばあちゃん、お父さん、お母さん、そしてたくさんの人の祈りのおかげで、神様がこのくらいの事故で済ませて下さったんだよ。神様が守って下さったんだよ。自転車はぐにゃぐにゃになったけど、身代わりになってくれたんだね」と話してくれました。
 確かに警察の人は、曲がった自転車を見て、「こんなに引きずられたのに、足の骨が折れていないのが不思議だ」と言っていました。
 小さい時から、朝起きた時と、幼稚園、学校の行き帰りには必ず神様にお参りをしていたので、守ってもらっているということは何となく理解していたのですが、たくさんの人に祈られているということには気が付いていませんでした。

 小さい時からおもちゃの車を動かして遊ぶことが好きだった僕は、高校を卒業した後、車の免許を取り、今、車の整備士になる勉強をしています。
 ドライバーのミスによる事故も多いけど、整備のミスによる事故もあります。これから先、僕は人の車を扱う立場になります。しっかり技術を学んで、身に付けていきたいと頑張っています。
 車は生活する上で便利で必要なものですが、事故が起こると悲しみや苦しみが生まれます。僕が事故に遭った後しばらくは、みんなが体のことをとても心配してくれました。
 そのことをずっと心の中に置いておくためにも、壊れた自転車は残しています。これから整備士として一緒に働く人や、周りの人たちが笑顔で過ごせるよう、祈らせてもらいたいと思っています。

 


 

《TOPへ》