シリーズ「こころの散歩道」第1回
●ことだま

金光教放送センター


 いや〜、言葉というのは不思議なものです。今日は僕の体験の中から、そんな話をします。
 あるお葬式の日のことです。6月ごろでした。始まる30分前に会場に着きました。しばらくすると隣に、「暑い暑い」と言いながら座ってきた男性がいました。隣の人とのスペースは狭く、その男性が、「暑い暑い」と言って扇子(せんす)をバタバタさせる度、その人のひじと僕のひじとが当たったり、かすったりするのです。落ち着かないな〜と思いましたが、何より不快に感じたのが、「あ〜暑い暑い!」と連呼されることでした。何べんもそれを聞くと、「こちらまで暑くなる! 言い過ぎだよ!」と思いました。確かに蒸し暑い日だったかもしれません。しかし、私とすれば、せっかく早めに来て静かに故人をしのびたかったのに、気が散って、穏やかな気分じゃなくなってしまいました。

 また別の日のことです。朝、会社に向かって歩いていると、自転車に乗った女性が私を追い越していきました。そして、そのままのスピードで大通りに出た瞬間、右側から車が…。「あっ危ない!」。車も自転車も急ブレーキをかけた、その時です。運転していた男性が窓を開けて、「危ないな〜、オバハン!」と、にらみ付けながら大声で叫び、その場を走り去りました。女性はビックリした顔をしましたが、黙ってまた自転車をこいでいきました。目の前でそれを見ていた私は、事故がなくて良かったと思うと同時に、「危ないな〜、オバハン」という言葉が耳に残ってしまいました。何という朝だ!あの女性も嫌な思いをしただろうなあと、私まで不愉快な思いになりました。

 朝の通勤電車の中。僕の座っていた座席の横に、少しばかりスペースが空いていました。そこに60歳くらいの女性が、足早に近付いてきたかと思うと、くるりと向き直り、大きなお尻をぐいぐい押し込んできました。私はびっくりすると同時に、窮屈さだけではない、何か不愉快なものを感じました。
 そしてその日の帰りの電車。また私の横にスペースが少し空いて、そこに年配の女性が座ろうとしました。女性はその瞬間、「どうもすみません。狭い思いをさせますな〜」と頭を下げて言われました。朝の時とは違い、「どーぞどーぞ」と、自分が狭くなっても全然大丈夫という思いになりました。言葉によってこうも違うものでしょうか。

 妻のお母さんの話をします。お母さんは15年前の69歳の時、突然、くも膜下出血を起こし、手術で幸い命を取り留めましたが、意識の無い状態が2年続きました。一人娘の妻は、毎日のように病院に通って、お母さんの看病をしていました。妻は、「絶対に治る」と信じていました。「いつ目が開くのか分からないけれど、お母さんの意識がちゃんと戻った時、手足が固まっていたらお箸も持てず、可哀想だ」。こういう妻の思いから、手足をいつもマッサージしてあげていました。なかなか目が開かなかったのですが、妻は、「耳だけは聞こえていると思う」と、お母さんの好きだった音楽のCDを掛けたり、お母さんが演奏していた八雲琴という、2本糸のお琴の音楽を聞かせてあげていました。眠り続けるお母さんに声を掛けることも続けました。
 「お母さん起きて!」

 信じる気持ちが通じたのでしょうか。お母さんの目が段々と開くようになり、そのうち笑顔も出るようになりました。声を出す力がなかったのですが、妻は積極的に言語のリハビリにお母さんを連れ出し、少しずつ少しずつではあるのですが、声も出てきました。治る見込みがないと言われたお母さんが、日々リハビリを続けた結果、3年半経って、自分の手で口から食事を取れるようになりました。ずっと寝た切りでしたが、お母さん自身がトイレに行きたいと言い出し、3人掛かりでトイレ介助をしてもらいました。それが、足の筋力が付いてくると、2人介助に減り、そのうち1人の介助になりました。そのころから在宅生活となりました。その後も、お母さんの努力によって、車椅子を自分で動かして、ポータブルトイレに移れるまでになりました。
 奇跡が起きたように感動しましたが、僕がとても心に残っているのは、お母さんがいつも、どんな時でも、「はい。ありがとうございます、ありがとうございます」と言い続けていることです。何に対して言っているんですかと、一度聞いたことがあります。お母さんは脳の状態も決して元通りではないのですが、「そうやな〜何かありがたくなってくるのよ〜」と、ほわ〜っとした感じで言いました。何かしら、お母さんの周りには静かで落ち着いた空気が漂っているのを感じ、ふっと癒やされるような気持ちになるのです。
 言葉の持つ不思議な力…。マイナスにもプラスにも働きます。普段、何気なく使っている私の言葉は、周りの人にどんな作用を及ぼしているでしょう。人を和ませたり、元気付けたり出来ますように。そんな願いを込めながら、今日一日、言葉を大切に使いたいと思います。

 


 

《TOPへ》