●真夜中の電話

金光教今池教会
浅野 弓


 ルルルルルル。寝静まった夜中に掛かってくる電話。一般家庭なら、めったにないのかもしれませんが、教会という所には時折、急を知らせる電話が掛かってきます。
 「突然、具合が悪くなったので、今から病院に行きます。心配なので、神様にご祈念をして下さい」とか、長らく病気で寝ていた人が、「今、亡くなりました。お葬式をお願いします」という知らせも入ってきます。
 また、心を病んだ人が、「寂しくて仕方がない。話を聞いて欲しい」ということもたびたびです。中には、「今から死にます。先生、長い間ありがとうございました」などという緊迫した状態での電話もありました。いつまで経っても夜中の電話は苦手です。
 でも、その日の夜中の電話はうれしい電話でした。呼び出し音が鳴り出した途端、「きたきた!」と電話口にいそいそと飛んでいきました。
 克也君という青年のところに初めての赤ちゃんが生まれる予定なのです。克也君は金光教の信心をしている家庭で育ちましたが、若い子にありがちの、「信心なんて少しカッコ悪い」くらいに考えているようにも見受けられました。それでも、金光教の教会で結婚式を挙げ、懐妊してからは、検診のたびに奥さんのなっちゃんと2人でお参りに来ていました。そんな克也君に私は、「どんなに夜中でもいいから、生まれたら知らせてね」と言ってあったのでした。
 「今、生まれました。女の子でした」。
 うれしそうな、弾んだ声です。「おめでとう。神様にお礼するね」と言って、電話を切りました。予定日を1週間も過ぎていて、今日、生まれなかったら、明日は入院して陣痛促進剤を用いるということになっていたので、自然に陣痛がきたこともありがたいことでした。
 私はご神前に行き、無事に生まれたこと、そして、願った通りの自然分娩、立ち会い出産が出来たことを神様にお礼申し上げて、さぁ眠ろう、朝になったら赤ちゃんに会いに行こうかな、と思いながら再び布団に入りました。
 しばらくして、またまたルルルルと電話が鳴りました。
 「なっちゃんの様子がおかしい!」。悲鳴にも似た克也君の声です。つい今しがた、あんなにうれしそうな電話を掛けてきたのに、今度は産後の急変を告げる電話でした。「出血がひどくて、血圧が40に下がって…」。それ以上は声になりません。「分かった。とにかく神様にお願いするから」と電話を切って、私はまたご神前に行き、神様に事の次第を申し上げ、「どうぞ、なっちゃんを助けて下さい」と必死に祈りました。
 そこにまた、電話が鳴りました。受話器を取るのが怖い一瞬でした。克也君が泣いています。恐る恐る尋ねました。「どうなの?」「分からない。僕は病室から出されて何も分からない。怖くて怖くて仕方がない」と言います。その時、「大丈夫。大丈夫だからね。ここで神様にお願いしているから絶対大丈夫。あなたもそこでしっかり神様にお願いしなさい」。私は自分でも驚くほどきっぱりと、「大丈夫」という言葉を口にしていました。私自身、「もしものことがあったらどうしよう?」と怖くて仕方がないのに、自分の口から、「神様にお願いしているから大丈夫」という言葉が出た時、本当にきっと大丈夫、という思いに包まれました。
 あれほどずっと、神様に心を向けて無事の出産を願ってきた2人です。絶対に大丈夫。祈りながら、私の中には、これは神様の大きなおぼしめしがあってのことだ、という確信が生まれていました。 
 神様に祈り続ける中、2時間ほど過ぎて、少しずつ空が明るんできたころ、再び、電話が鳴りました。克也君のお礼の電話でした。なっちゃんは子(し)宮(きゅう)弛(し)緩(かん)という病名で、出産後の子宮の戻りが悪く、突然大出血を起こしたのだそうです。最初の病院には輸血の準備が無かったので、大きな病院に救急車で搬送され、そこで大量の輸血が始まり、ひとまず、なっちゃんの危険な状態は山を越えたこと。そして、「このまま子宮の回復が出来なければ子宮を摘出することになるけれど、それはもう構わない」と克也君は言いました。
 そのきっぱりとした口調には、なっちゃんと赤ちゃんを守っていこうという克也君の父親としての決意が感じられました。私はほっとした思いと、神様、ありがとうございました、という思いで、「良かったね、良かったね」と返事をするのが精いっぱいでした。
 昔は、こんな場合にはたくさんのお母さんたちが命を落としてきたのだそうです。今は医学が進歩して、随分危険は減ったようにみえますが、それでも、お母さんたちは本当に命を懸けて出産に臨むのだと、改めて思わされました。
 昼になって、なっちゃんの子宮はみるみる回復し、お医者様が、「次の子どもも産めますよ」と言って下さったという、うれしい報告を持って克也君は参拝して来ました。振り返ればたった一晩のうちの、それはそれは大きな出来事でした。
 その後は、驚くほど順調に回復し、1週間ほどして退院の御礼に3人で参拝してきました。わずか5時間ほどの間にあふれるほどの幸せと千切れんばかりの苦しみを味わった3人です。なっちゃんの腕の中で赤ちゃんがすやすや眠っています。
 私はこう彼らに話し掛けました。
 「おめでとう。あのね、私はあの時、『あなたたち夫婦2人に子育てをさせてやって下さい』って神様に願ったの。あなたたちも、赤ちゃんと一緒に親としての新しい命を頂いたんだよ、ホント良かったね」と。

 


 

《TOPへ》