●ありがたいをつくるもの

金光教放送センター


 ここは、三重県亀山市にある関という町。鈴鹿山脈のふもと、江戸時代からほとんど変わらない古い木造の家が続く街並みが、昔、宿場町として栄えた歴史を感じさせてくれます。
 そのような町にある金光教関教会へお参りされている田中秀子さん。「金光教と出合い、信心をすることで70歳を超えた今も、ありがたいという気持ちが年ごとに増えています」と、とても優しそうな笑顔でお話をされます。
 子どものころから信心に熱心な母親に手をひかれ、教会にお参りに行っていた秀子さん。ですが、実は、信心するとはどういうことなのかよく分からないまま、ただ母親に付いていくだけだったそうです。そんな秀子さんが、本当に自分から教会にお参りするようになったのは、ある出来事が切っ掛けでした。
 結婚をして、2人の子どもに恵まれ、その子どもたちが小学校に上がる前のこと。
 秀子さんは原因不明の高熱に見舞われ、1ヵ月以上も入院生活を送りました。1ヵ月経っても原因は分からず、熱も下がりません。そんな中でも子どもの食事や生活のことが心配でたまらなかった秀子さんは、「このまま入院して寝ているわけにはいかない!」と解熱剤をもらい、熱が下がるとすぐに退院させてもらったのでした。
 それから5年ほどが経ちました。子どもが小学校に入ってからは仕事を始め、さらに忙しい日々を過ごしていたのですが、職場で受けた健康診断で、「心臓の形がおかしい」という結果が出たのです。すぐに大学病院で検査を受けたところ、前に高熱が続いたことが原因で、心臓の中にある血液の流れを調節する弁がうまく働かず、そのために血液が本来の流れから逆流してしまう「僧房弁閉鎖不全症(そうぼうべんへいさふぜんしょう)」という病気になっていることが分かりました。すぐに症状が悪くなる病気ではありませんが、放っておくと心不全にもつながります。そのため、お医者さんからは、「早く心臓の手術をしましょう。状況が悪ければ、人工の弁に換える手術も必要です」と言われました。
 けれども、子どもたちは小学生。まだまだ手が掛かります。「心臓の手術をするとなると、長い期間入院しなければいけない。その間、子どものことはどうすればいいんだろう」と思うと心配になり、なかなか手術に踏み切ることが出来ませんでした。
 そうしてお医者さんに何度も無理を言って、秀子さんは10年くらい、手術を先延ばしにしてきました。けれども、そのうちに、肺に水がたまるようになり、47歳の時、お医者さんから、「もうここまでです。これ以上は待てません。家族を呼んで下さい」とまで言われてしまい、ついに手術を受けることになったのです。
 秀子さんが母親に手術のことを伝えると、大変驚いて、すぐに秀子さんを教会に連れていってくれました。
 秀子さんは母親と2人で先生の居る神前近くまで進み、手術を受けなければならなくなったことをお話しました。
 今まではお参りに行っても、先生と母親の話を側で聞くだけだった秀子さんですが、この時、初めて自分で、「子どものことが心配だから、手術がうまくいき、出来るだけ早く退院出来るようにならせてほしい」と願いました。
 教会の先生は、「手術が無事に終わるよう、神様にお願いさせてもらうから」と言われ、その場で一生懸命にお願いをしてくれました。そして、神様の恵みの象徴である「ご神米」というお米を包み紙にどっさり乗せて、秀子さんに手渡したのでした。秀子さんはこの時、不安になっていた自分をぐっと後押ししてくれたような気がして、とても心強く、ありがたく感じたそうです。
 秀子さんはそのご神米を、ご飯を炊く時に少しずつ混ぜて、頂きました。手術が近付くにつれて不安が大きくなってくるのですが、そのご飯を食べていると、先生が一生懸命お願いしてくれたことが思い出されました。すると秀子さん自身も、「無事に手術が終わりますように。早く家に帰ってくることが出来ますように」と心の中で神様に願うことが出来、安心することが出来るのでした。
 そうして迎えた手術は驚くほど無事に終わり、心配していた入院の期間も1ヵ月ほどと、思っていた以上に短くて済みました。また、一般的には10年後に再手術することが多いと聞いていましたが、ありがたいことに秀子さんは今も薬を飲むだけで済んでいます。
 そして、この時のことが切っ掛けで、心から祈ることの大切さを知り、教会へお参りすることが増えていったのだと言います。
 手術から20年以上経ち、70歳を超した今、腰が曲がり、足も思い通りに動かず、自分の体に老いを感じるようになりました。心臓は時々動悸がして、なかなか寝付けない時もあります。そんな時、秀子さんは静かに手を合わせ、「この心臓が動いてくれているから私は生きてこられたのだ」と感謝をし、「このまま元気に動かせて下さい」と神様に祈るようにしています。
 そうやって願って安心出来る神様に出会ったからでしょうか。秀子さんは笑顔で言います。「体は老いていくのだけれど、その体にお礼を申していると、逆に年々ありがたい気持ちになってくるんです」と。

 


 

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