●みかん畑で柏手(かしわで)打って

金光教放送センター


 愛媛県の南西部にある西予(せいよ)市三瓶(みかめ)町。リアス式海岸の波穏やかな三瓶湾は、名産のアジをはじめ、様々な海産物に恵まれています。また、みかんなどかんきつ類の栽培も盛んで、海の幸、山の幸共に豊かなところです。
 この三瓶町にある金光教三瓶教会にお参りしている清水栄一さんは、昭和8年生まれの83歳。10人兄弟の三男として兼業農家の家に生まれました。稲作をはじめ麦やさつまいもを中心に、朝早くから日暮れまで一生懸命働く両親の姿が記憶に残っています。
 お母さんが熱心に教会に参拝しており、清水さんら子どもたちは、小さいころからお母さんに連れられ、一緒にお参りしていました。その様子は、まるで親ガモに連なる小ガモたちのように、お母さんのあとに子どもたちが続き、三瓶の町を教会へと歩いたそうです。信心に熱心なお母さんの姿を思い出しながら、清水さんはこう話します。
 「母はいつでも、『作物を育んで下さる天地の神様のお働き、ありがとうございます』とお祈りしてましたな。また、神様に向かってお祈りする内容が、私たち子どもらにしっかりと聞こえるように、いつも大きく声に出して拝んでましたよ。何でもかんでも祈りながらさせてもろうてましたな。恵みを下さる田畑の土地を『お土地』と呼んで、毎日田畑に手を合わせる母の後ろ姿を思い出しますな」。
 清水さんは学校を卒業し、家の農業を手伝い、農作業がない時期には、材木の伐採などの仕事に当たりました。お父さんと一緒に、伐採で山に入った時のこと。お昼のお弁当の際に「頂きます」と手を合わせる清水さん親子を見た職人さんから、「あんたら親子揃って、お弁当にそないありがたそうに手を合わせてから食べて。かわいらしいなあ」と言われたことも良い思い出です。
 こうした生活を送っていたある時、教会の先生がお話されたことが心に響きました。
 「この世の中で、人間の力だけで出来ることは一つもない。みな神様にさせて頂いて出来ている」という内容でした。いつも田畑を拝むお母さんの姿も思い出しながら、「確かにそうだ。自分の力だけで出来ることは何もない。農業も他の仕事も、生活一切が、神様のお働きや様々なお世話を頂いて出来ていること。お世話になってのこの命。これからは、いつもお礼を申し上げることを忘れないようにしよう」と強く心に刻んだのでした。
 29歳の時に結婚。4人の子どもにも恵まれ、忙しくも幸せな生活を送っていましたが、清水さんが54歳の時、奥さんが脳梗塞(こうそく)で倒れ、亡くなりました。52歳でした。突然のことで、家族一同悲しみの中にありましたが、教会の先生やお母さんから、「いつでもまずお礼を」と教えられていた清水さんは、「人の命のことは、人間には分からない。まずはここまでの命のお礼をさせて頂こう」と思い、教会に参拝しました。結婚して清水家に来てくれての25年間、妻として、母として、一生懸命務めてくれたことを、神様にお礼申し上げたのでした。
 その後、4人の子どもたちは育ち、孫9人、ひ孫3人が生まれました。日々、子どもたちの成長をありがたく思います。
 今、清水さんの生活は、朝6時の教会参拝から始まります。昨日一日のお礼と、今日一日取り組むことを神様に申し上げ、教会の先生から教えの話を聞きます。
 その後、向かうのは、みかん畑です。50年前、お父さんが始めた畑を受け継ぎ、一人でみかん作りに専念しています。
 「農作物は、天地自然の働き、影響をそのまま受けるんです」と清水さんは言います。太陽の光、雨、風、そういった気候条件によって、育ち方が変わってきます。風が強すぎると枝が折れたり、みかんとみかんがこすれてすり傷が出来る、雨が降らなければ成長に影響が出る、多すぎても病気が出たりする。ちょうど良いお働きが大事なのです。
 春から剪定(せんてい)作業、肥料を施したり、余分な物を摘み取ったり、秋ごろからは病気の対策、その後、収穫、選別、出荷。冬の間も虫の対策など、一年中やるべきことがあります。なにぶん、一人での作業。効率的にできるように工夫し、出来る限りの努力をしながら、最後は神様にお願いし、お任せしていく心持ちです。
 「何でも自分で作っとるように思うけれども、全部天地のお働きで育てられて出来上がるものですな。作物をお作りになるのは神様。神様にお任せし、私たちはそのお手伝いをさせてもらっとる。そのことをいつも忘れないようにせんといけませんなあ」と話す清水さん。
 ある時、みかん畑で夜遅くまでの作業を終え、「はあ終わったあ」とふと見上げると、そこには大きな満月が。「はあ何ともきれいなお月様じゃなあ。今日も一日、無事に終えることが出来ました。ああ、ありがたい、ありがたい」と、みかん畑と満月を拝む清水さんの心に、ふと一首浮かんできました。

一日の 仕事を終えし月の出の
 畑(はた)に向(むか)いて 柏手(かしわで)を打つ
一日の 仕事を終えし月の出の
 畑に向いて 柏手を打つ

 天地の神様へ、お礼の心が込もった柏手の音が、満月の夜、みかん畑に響いたのでした。
 両親から信心とみかん畑を受け継いで、いつも実直に、お礼の心で、今日もまた、みかん畑へ向かいます。

 


 

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