シリーズ「昔むかし」
●峠の飯屋

金光教放送センター


 昔むかし、佐助と言う旅の商人(あきんど)が、小高い峠にたどり着きますと、良い天気で真下には海がキラキラと輝いております。
 「さて腹も空いたし、そこらで昼飯でも食おうか。おっ、新しい飯屋が店を開いた、試しに入って見よう」
 すると、「いらっしゃいませ」と言った中年のおかみさんがあまりに美しい人なので、佐助はビックリしました。注文した品が運ばれてきますと、そのうまいこと、うまいこと。しかし店はガラガラです。
 「それにしても、あのおかみさんはどこかで見掛けたことがあるぞ」と佐助は思い、「うーん」と考えた末におかみさんに聞きました。
 「もしかして、おかみさんは峠一つ向こうの山田村のお生れではありませんか?」
 おかみさんは、「はい」と、戸惑ったような顔で答えました。
 「やっぱりそうでしたか、もしや山田村のお大尽(だいじん)のお嬢様、きぬ様ではありませんか?」
 「どうしてご存知で?」
 「やっぱりそうだ、きぬ様が庄屋様の息子さんに嫁がれる時の美しいお姿は、まるで天女のようで、私ら若者はみんなぞろぞろと見に行きましたよ」
 「昔のことです」
 「庄屋様の所に嫁がれたのに、どうしてまた?」
 佐助が問いますと、おかみさんはためらいつつも言いました。
 「数年前に村方騒動が起こりまして」
 「どうして?」と佐助が問いますと。
 「舅(しゅうと)様の下(した)で働いていた村役人が、お金を使い込み、それが発覚しますと、舅様は、あらぬ疑いを掛けられて、庄屋をお辞めになったのでございます。更には眠れぬ日々を送り、病となり、そして1年前にお亡くなりになりました」
 「何とお気の毒なことで…」
 「本当にお優しいお方でしたので、亡くなられる直前まで私たち家族のことを心配して下さっていました」
 「おつらいことでしたな」佐助が言いますと。 
 「ええ、本当に。けれども、いつまでもつらい気持ちでいては亡くなられた舅様も喜ばれないと思い、旦那様、姑(しゅうとめ)様、皆で景色の良い所を探しまして、この店を始めたのでございます」
 「そうだったんですか、こんなにうまい飯ですから、きぬ様は昔から料理がお好きだったんですね」
 「いえいえ、実は、嫁ぐ前は、私は料理一つ出来ませんでした」
 「本当ですか?」
 「庄屋に嫁いでからのことでございます。初めは、お米をといだらこぼしてしまう、また包丁で自分の手を切る、お芋の皮一つ満足にむけたことはなく、厚くむきすぎては、『もったいない』と姑様に叱られてばかりでした」
 「それは大変でしたね」
 「こんな私でも、姑様は何度も何度も辛抱強く教えて下さいました。食べ物は、お日様の光や雨、土の働き、つまり神様の恵みの中で育った物だから、葉っぱ一枚でも大切にするように、また包丁やまな板にも感謝するように、と教えられたのです」
 「ははあ…」
 「姑様の『すべてに感謝して』と言う教えのお陰です。そのようにして時が経ちますと、私は料理の楽しさがつくづくと分かるようになり、だんだんと料理もおいしいと言ってもらえるようになったのです」
 「なるほど、感謝の詰まった味だから、こんなにおいしいんですね」と佐助はしみじみと言いました。
 「けれども、お客様があまりに少なくて…」とおかみさんは顔を曇らせます。
 「それはこの店の飯がうまいってことを知らないからですよ。大丈夫、先程きぬ様がおっしゃっていた感謝の心を変わらずに大切にしていれば、必ず繁盛しますよ。私は小間物を扱う旅の商人(あきんど)なので、知り合いがたくさん居ります、この店のことを皆に知らせておきましょう」
 「それはありがとうございます、よろしくお願い申し上げます」
 おかみさんが深々と頭を下げますと、「おっと、おきぬ様、お大尽の娘さんではなく、今は飯屋のおかみさんですよ。ざっくばらんな言葉を使った方が、客が入りやすい」
 そう言った佐助の笑顔が、舅の笑った顔にとてもそっくりで、おかみさんも笑ってうなづきました。
 その後、お店は佐助の言った通り、おいしいご飯を出す店として、大層繁盛したということです。

 おしまい。

 


 

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