ラジオドラマ
「毎度ご乗車ありがとうございます。」

●第8回 みんな英雄

金光教放送センター

登場人物
美奈子(専業主婦)70代
耕造(美奈子の夫) 80歳
洋介(作業員) 20代
毬江(ホステス) 20代
男の子
乗客A
乗客B
乗客C

(ナレーション)
ただ今より皆様を7分間の列車の旅へご案内致します。それでは出発です。(電車の出発音)


(地下鉄の走行音)

美奈子: 詰まらなかったわねえ、今日の映画。
耕 造: え? 何と言ったんだい? もう少し大きな声で言ってくれ。さっぱり聞こえん。
美奈子: 今日の映画、面白くなかったわねって、そう言ったんです。
耕 造: 筋なんか忘れてしまった。(あくびをしながら)馬が出てきたようだな。
美奈子: 寝てしまったの? 面白くなかったんじゃないの。来るんじゃなかった…。

(ナレーション 美奈子)
友人から夫がもらってきた映画の試写会の招待券を持ち、家をいそいそ出てきはしたものの、上映時間が長く疲れ果て、地下鉄の中で夫は熟睡、私もうとうとしてました。すると、隣の席から突然言い争うような声が聞こえてきました。

毬 江: (小声で鋭く)分かった、よーく分かったわ。あんたは私の体が目的でこれまで付き合ってきたのね。
洋 介: それが悪いとでも言うのか? 男と女はそれぞれ違う。優しかったり力強かったり、固かったり柔らかかったり。互いにそれを確かめ合うためにさあ…。
毬 江: 体だけじゃなく、心の中まで愛してくれなきゃ嫌!
洋 介: 心の中? レントゲン撮っても見えやしない。無理、無理。
毬 江: …あんたって、ほんとに頭の中が空っぽなのね。
洋 介: 何だと!
毬 江: 次で下りる。これ以上付き合っちゃいられない。さよなら!
洋 介: ま、待て。待てよー!(毬江の腕をつかむ)
毬 江: イタッ。アイタタタ…。放して、放してー!
美奈子: ちょっとあなた、女の人に乱暴はいけません!
洋 介: 何! ババアは引っ込んでいろ!
美奈子: ババア!?

(ナレーション 美奈子)
何て失礼なことを言う人なのでしょう。オロオロしながら様子を見守っているうち、地下鉄は次の駅に到着しました。乗客の乗り降りが済んで、ドアが閉まりかけたその時…。

男の子: 痛い、痛いよー、ママー!

(ナレーション 美奈子)
見れば5歳くらいの男の子が、ドアに手を挟まれ、大声で泣き叫んでいるのでした。母親が必死に子どもの手を引き抜こうとしているものの、ドアはびくともしません。

美奈子: あなた、大変!
耕 造: うん?(目覚めて)ど、どうした!
男の子: 痛いよー、ママー!
耕 造: こ、こりゃ大変! どうしたらいいんだ!
美奈子: どうしたら…。
耕 造: よしわしが!(立ち上がりかけるがすぐ転ぶ音)イタッ。腰が。アイタタタ…。
美奈子: 大丈夫? あなたしっかりー!
耕 造: アイタタタ…。
乗客A: 車掌さーん、ドア、ドアを開けて!
乗客B: まだ発車しないでくれー!
乗客C: 車掌だけじゃなく運転手にも知らせたほうが!
乗客A: どっかに非常停止ボタンがあっただろ!
洋 介: ちょっとどいてくれ。おれに任せろ!

(ナレーション 美奈子)
とその時、人々を押しのけ、あの男が、何と力づくでドアをこじ開け、坊やを救い出したのでした。

(ワーッと叫ぶ乗客の歓喜のどよめき)

(パチパチ鳴る大きな拍手)

洋 介: 大丈夫かい?
毬 江: 骨は折れちゃいない?
男の子: うん、何ともない。
毬 江: すごい! あんたって。随分力があるのね! さすが!
洋 介: ウフフフッ、それ程でもねえ。ほれ直したか?
毬 江: 何言ってんの。前からずっとあんたのことが大好きだよぅ。
洋 介: (照れて)え、そうか? エヘヘヘヘ。俺もだぜ。(毬江にキス)
毬 江: やだ、人が大勢見てるじゃないの。
洋 介: いいじゃん。俺、結婚式の時はみんなの前でブチュってしようと決めてんだからさ。
毬 江: ええ! それってプロポーズ!? プロポーズなの! うれしい!
洋 介: そうだ、そうだよ。わっはっはっ…。
洋介・毬江: わっはっはっ…わっはっはっ…。

(夜の街音。犬が鳴いている。足音)

美奈子: あなた。良かった。本当に無事で良かったですねえ…。
耕 造: 一時はどうなるかと心配したが。
美奈子: 皆さん、心を合わせ協力してましたねえ。だけどあたしたち、何のお役にも立てませんでしたね。年を取るって悲しいことですわ。
耕 造: いや、そうとも限らん。年を取っても出来ることがある。
美奈子: …え?
耕 造: 祈ることじゃ。
美奈子: …お祈り?
耕 造: 私はずっと転んだままだったが、祈っていたんだ。「今、痛いと泣いているあの子をどうか助けて下さい」と神様に。
美奈子: 祈ること…あ、それなら私にも…。
今の世の中他人に無関心、自分本位だと言われていますけど、捨てたもんじゃありませんね。
耕 造: うむ…いざ困っている人を見かけたら放ってはおけない、そんな温かい心を、私たちは神様からもらっとるのかもしれんなぁ。
美奈子: ほんとにそうですね。人を助けてこそ人間なんですね。
耕 造: 映画より感動したなぁ。
美奈子: みんな映画の主人公になれますね!
耕 造: 他人を助ける英雄になれるんだ!
美奈子: あなた、また映画観に行きましょうね。
耕 造: 今度は寝ないぞ。アッハッハ…。

 


 

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