ラジオドラマ
「毎度ご乗車ありがとうございます。」

●第1回 神様は見ている

金光教放送センター

登場人物
   美佐子(ヘルパー) 30歳
   淑江(よしえ・ヘルパー) 40代
   瀬川(建築設計士) 45歳
   男 50代
   警官

(ナレーション)
ただ今より皆様を7分間の列車の旅へご案内致します。それでは出発です。(電車の出発音)

美佐子: あー、疲れた、疲れたァ。あっ、あイタッ、あイタタタ…。うー、今日も働き通しで腰がミシミシ鳴っている…。

(ナレーション 美佐子)
私は数年前より介護の仕事をしています。「ヘルパーさん」と呼ばれ、誰からも頼りにされ、やりがいがあるのですが、車椅子に乗せて押したり、お風呂に入れたりと、一日の仕事を終えるとぐったりしてしまいます。 先輩の淑江さんと乗り込んだ電車は空(す)いていて、2人とも席に座ることが出来ました。

淑 江: どうかしたの? さっきから浮かない顔して。
美佐子: あたし、盗んじゃいないわっ。
淑 江: えっ、何の話?
美佐子: 山田さん家(ち)のお婆ちゃんが、お財布が無くなったって今朝から大騒ぎ。あんたが盗んだに違いないって。でも布団の中から出てきたのよ。
淑 江: よくある話。気にしない、気にしない。あっ、着いたみたい。じゃ、また明日…。

(ナレーション 美佐子)
いくら先輩に気にするなと言われても、盗っ人呼ばわりされた私の胸の内は、怒りと屈辱で煮えくり返っていました。先輩と入れ違いに私の隣に腰を下ろしたのは、きちんとした身なりの男性でした。男性は、すぐにカバンから書類を取り出し、読み始めました。その時、隣の車両からヨレヨレのコートに擦り切れた靴といういでたちの初老の男が移動してきて、その男性の前に立つや…。

 男 : オホッ、オホッ、ゴホッ、ゴホッ…。
瀬 川: あの、替わりましょうか、どうぞ…。
 男 : エヘヘヘ、すんません。…ああーっ!(大きくよろける)
瀬 川: 危ない!(と支えて)大丈夫ですか? おけがは?
 男 : ウィッ。余計なお世話だ。(座って)…あー、眠い…眠い…アワワワワ…グーグー…。

(ナレーション 美佐子)
男性がご好意で、席を譲って差し上げたというのに、何て感じの悪い人なんだろうと、私まで暗い気分になってしまいました。そして、10分ほど経ったころ…。

(電車の走行音)

 男 : な、無いっ、無いっ! 俺の財布が…!
瀬川・美佐子: えっ?
 男 : だ、誰かに盗られたんだっ。あっ、そう言えばさっき俺の体を触りおったお前、お前が盗んだに違いない。
瀬 川: えっ、そんな、僕が盗むだなんて!
 男 : ええかっこして、席を替わってやるって言って、その隙を狙って…。
瀬 川: もう一度、よくお探しになってみては?
 男 : 昨日のテレビでも気を付けるように言ってた。紳士面して、スリを働く常習犯がおると。それがお前のことなんだ!
瀬 川: お酒をたくさん飲んでいらっしゃるようですし、お風邪も引かれているようですし。少し休まれてから…。
 男 : う、うるせーっ! おーい、ここにスリがおるぞーっ。捕まえてくれー!

(ヒソヒソ話す乗客)

(ナレーション 美佐子)
ハラハラしながら、私は成り行きを見守っていました。酔っ払いの罵声はいよいよ高くなり、乗客もまた、もしかしたらこの男性はスリなのではないかと、疑いの目を向けるようにもなりました。それでもその男性は何かに耐えるように口を一文字に結び、資料に眼を落としていました。

 男 : 気取りやがって。おい、何か言ったらどうなんだ! …あっ、警察、次の駅で降りて、警察官を呼び、決着を付けよう!

(電車が到着する音)

 男 : 来い! 俺と一緒に。…さあ、降りるんだ!
瀬 川: …分かりました。(辺りを見回す)どなたか、ここでご覧になっていらした方、証人になって頂けませんか。身に覚えがないことを言われ、困り果てております。
美佐子: は、はい!

(ナレーション 美佐子)
私は名乗り出ずにはいられませんでした。駅長室に着いて、しばらくすると、警察の方が来られました。

警 官: 本当にお金を盗まれたというんですか。証拠があればすぐに逮捕しますが、そうでなければ、あなたが訴えられることになりますよ。
 男 : えっ、俺が捕まる? ちょ、ちょっと待ってくれ、探してみるから…(身体の中をあちこち改める)。あっ、あった、ここに。腹巻きの背中の方にあった。へへへへ…いや、どうもお騒がせ。じゃあ…(そそくさと去る)。

(電車の走行音)

瀬 川: ありがとう…本当に助かりました。見ず知らずの私のために、最終電車までお付き合い頂いて…何とお礼を申し上げたらよろしいのやら…。
美佐子: いいえ、お礼を申し上げなければならないのは、私の方なんです。
瀬 川: あなたが私に?
美佐子: 泥棒呼ばわりされてもじっと耐えていらっしゃった。私にはとても出来ないこと。頭が下がる思いでいっぱいでした。
瀬 川: いやーあ、私はただ、心のうちで繰り返し叫んでいただけなのです。神様が見ている、神様がご覧になっていて下さると。

(ナレーション 美佐子)
私は、その言葉を聞いた途端、雨上がりの空に虹を見つけたような感動を受けました。盗っ人呼ばわりされ、腹を立てていた私のことも、神様はご覧になっているのかしら…。
神様の目に映る自分が、恥ずかしくない、時には、褒めて頂けるようにもなりたい。今日は駄目でも明日からは、きっと…きっと!

 


 

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