ラジオドラマ
「毎度ご乗車ありがとうございます。」

●第7回 いつまでもいつまでも

金光教放送センター

登場人物
   まこと 60代
   ポチ 老犬
   悦子 40代
   緑 18歳
   車掌

(ナレーション)
ただ今より皆様を7分間の列車の旅へご案内致します。それでは出発です。(電車の出発音)


(苦し気に鳴く犬の声)

まこと: ポチ、苦しいか? つらいだろうなあ。出来ることなら代わってやりたい。ポチ、ポチー!

(ナレーション まこと)
私は18年前に離婚して以来、一人で小さな印刷工場を経営してきました。女房と別れたころ、川っぷちで鳴いてた子犬を拾ってきて、「ポチ」と名付け、18年間家族として暮らしてきました。そのポチが今、息を引き取りかけているんです。せめてあと1年でも、と切羽詰まり、神様にお願いしようと、教会へ向かう電車に飛び乗りました。

(電車の走行音)

(ナレーション まこと)
気が急(せ)いているせいか、電車の速度はいつもより遅い感じがしました。ポチはお向かいの奥さんに頼んできたから大丈夫だとは思うけれど、こうしている間にも…と、心配していると、隣の席の中年女性が網棚から荷物を下ろし、中から熊の縫いぐるみが私のひざの上に転がり落ちてきました。

まこと: おっと…。
悦 子: あっ、すみません。
まこと: (お愛想で)可愛らしい熊ちゃんですねえ。
悦 子: 家族と同じなんです。
まこと: (心の声)何言ってんだ、いい年して。だけどいいよなあ、人形は死んだりしないもの…。

(ナレーション まこと)
そんなことを思っているうちに、電車はトンネルの中へ入っていきました。しばらくすると…。

(電車が急停車する)

まこと: どうしたんだ、こんなトンネルの中で…。
悦 子: 変ですね。
車 掌: お知らせ致します。信号機の故障のため、しばらく停車致します。
まこと: な、何?
悦 子: 困ったわ。早く着かないと。

(ナレーション まこと)
その時、車内灯がすーっと暗くなって、もやのようなものが車内に立ち込めてきました。

まこと: 何にも見えなくなってしまいましたねえ…。
悦 子: よく見ればうっすら人影が…。
まこと: いや動物もいる! それもいっぱい!

ポ チ: (苦しげに鳴く)
まこと: ポチ、ポチじゃないか!
ポ チ: (更に苦し気に)
まこと: 苦しいか、ポチ、ポチー!
悦 子: (気付いて)緑、緑ちゃんッ!
 緑 : お母さん! どうしてこんな所へ?
悦 子: お前の可愛がっていた熊の縫いぐるみを届けにやってきたの。うっかりお棺の中へ入れるの忘れてしまったものだから。

(ナレーション まこと)
私はびっくりして、その緑という名の娘と女性の会話を聞いておりました。あの世かこの世か分からない不思議な世界へ迷い込んでしまったようです。

 緑 : お母さん、届けてくれてありがとう。でも縫いぐるみを持っていなくても、私、ちっとも寂しくないのよ。
悦 子 : どうして?
 緑 : あたしは生まれた時から重い心臓病で18歳になるまでずっとお母さんのお世話になって生きてきた…。
悦 子: お母さんの方こそ、緑がいるから、どんな時にもくじけず強く明るく生きてこられた…楽しいこともたくさんあった…。

(ポチの鳴き声。以前にも増し苦し気に)

 緑 : お母さん、あたしの隣のワンちゃんがあたしに…。
まこと: えっ、ポチが何か?
 緑 : 苦しげに鳴きながらこんなことを言っているの。

ポ チ: おいら、飼い主のまことさんのことが好きで好きでたまらないんだ。商売がうまくいかなくて困るだとか、客が来ないから嫌になっちまうだとか愚痴ばかりこぼすんで、その度(たんび)ペロペロなめちゃあ、いつも慰めてきた…。
この先まことさん独りでもちゃんと生きていけるかどうか心配で…。
まこと: えっ!?
ポ チ: それを思うと苦しくて、なかなかあっちへ旅立つことが出来ないんだ。
まこと: ポチ!

(ナレーション まこと)
今の今まで私は、自分がポチを支えてきたのだとばかり思っていました。しかし、ポチの方が私を力付け励ましてきてくれていたのだと、今ようやく気が付いたのでした。

まこと: ポチ、安心しろ。もう愚痴をこぼしたり、不平不満を言ったりは決してしない! 仕事も頑張る!
ポ チ: (笑って)そんなに力まなくたって。これから先だって、私たちはずっと支え合っていけるんだよ。
まこと・悦子: これから先もずっと?
ポ チ: 一緒なんだよ。
 緑 : そうなの。これから先もずっとずっと!
ポ チ: お互いの心さえつながっていれば…。
まこと: ポチー!
悦 子: 緑―!

(ナレーション まこと)
私が気付いて辺りを見回すと、車内は元通り明るくなっており、何事もなかったように電車は走り続けていました。隣の女性客もいませんでした。

まこと: 夢、今のは夢だったのか…。

(ナレーション まこと)
教会に着いて、ポチと楽しく暮らさせてもらった日々のお礼を神様に申し上げていると、お向かいの奥さんから電話で、ポチがたった今、安らかに息を引き取ったとの知らせがありました。

まこと: ポチ…とうとう…そうか、安らかだったのか。良かったなあ。

(ナレーション まこと)
つらい悲しいとかの思いにも増し、私の胸は大きな感謝の気持ちでいっぱいになりました。
神様から同じように尊い命を賜り、助け合い、いたわり合って過ごして来たポチ。ありがとう。これからもよろしくな。

 


 

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