教学研究会

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第61回教学研究会



 開催日:令和4年6月17日

第61回教学研究会

 6月17日、金光北ウイングやつなみホールにおいて、対面形式とオンライン形式を併用して、第61回教学研究会が開催された。

 開会に当たり、大林浩治所長が大要次のようにあいさつした。
  「信心について語られるときの言葉は、信心に対するありようや出会い方を表すなど、様々に用いられるものだろう。しかし、そうして語る内に、一連の言葉達 が自己の信仰確立といった過程に紐付けられ、目標達成の言葉になってしまうことが往々に見かけられる。そもそも、目標に向かっていく過程には、躊躇や逡巡 が生じるものであり、その躊躇や逡巡を、私達が無意識に排除し、見ない振りをしているとすれば、そこに問題がありはしないか。今目の前で語られている言葉 は、果たしてそうした目標のためにこそ用いられるべき言葉だったのかなど、信心について語られる言葉が、置き去りにしている事柄について考えていくことも 大切ではないか」。

 午前は、9人による個別発表が行われ、午後の全体会では、2人の発題と全体討議が行われた。午後の全体会で は、様々な場面で言葉が平板化して流通し、ともすればその働きが見失われかねない今日の社会において、信心ならではの言葉のあり方を問うべく、「信心とそ の言葉―救済への問い―」とのテーマで意見を交わした。

 以下、午前の個別発表の題目と、午後の発題、全体討議の概要(所外出席者については教会名)を記す。


午前 個別発表


A会場
○橋本雄二(助手)「教祖を問い求めること―『教典』編纂への動きに注目して―」
○塩飽望(助手)「日常に向けられる信仰言説―明治期の「家庭」に注目して―」
○堀江道広(所員)「「広前」とは何か―「金乃神様金子御さしむけ覚帳」を手がかりに―」
○岩崎繁之(所員)「金神社神職の動向と「明治四年」」
○姫野教善(厚狭)「金神と金神信仰」

B会場
○森川育子(所員)「昭和初期の青年における信心希求―松鷹長一に注目して―」
○須嵜真治(所員)「近代移行期の都市形成と布教―岡山市域の神道金光教会支所に注目して―」
○山田光徳(所員)「明治中期から大正期にかけての社会と金光教―佐藤範雄・東備連合会の「女囚携帯乳児保護事業」への着目から―」
○白石淳平(所員)「昭和戦後期における「教祖」受容の諸相」


午後 全体会


発題】:「聞かされる体験とその言葉」 水野照雄(松阪新町)

 言葉をめぐる体験としては、「言う」「聞く」をはじめ様々に想起されるが、ふだん教会で御用していると、「聞く」体験の意味を考えさせられることも多い。そこで本発題では、信心ならではの言葉の働きを考えるうえで、この「聞く」体験に注目し、思うところを述べて見たい。
  私たちは、日々の暮らしで多くの人と言葉を交わすが、そうした中、語り手の意図とは異なる意味で言葉が伝わることがある。そうした双方のズレは、取次や信 者同士の会話といった、信仰的場面でも生じ得る。例えば、本教信仰においてプラスイメージを帯びる「おかげ」という言葉でも、聞き手の状況次第で、責めら れる言葉として響き、傷つくことがある。
 ただその際、聞き手の体験に着目すると、語り手が「おかげ」という言葉を発したのは事実だとして も、語り手を超える何らかの大きな働きによって、その言葉を「聞かされた」という側面もあるように思う。聞き手にとって、その「聞かされた」体験は辛い が、しかしそれにより却って自身の姿が深く見つめ直され、神に向かう願いが整えられていく局面もあるようだ。この発題では、こうした働きが展開し、苦しむ 人の前に道が付いていく、信心のありかたを考えさせられた。
 なお、この他、放送センターでの御用も通じて感じるのは、「聞く」ことにおいて は、理路整然とした言葉の意味を探るだけでなく、言いよどみ、繰り返し、言い間違いなども含め、相手の様子をそのまま受け止めることの重要さである。そう して語られる中から「ハッ」とする何かに出逢い、その人に表れた信心を感受できるよう、こちらが構えていく大切さを思う。

発題】:「信心とその言葉―教義研究に見る救済への探求から―」 高橋昌之(所員)

 私たちの住む社会では、言葉や知識が様々な文脈から切り離されて流通し、本来の意味を失いかねない問題が指摘されている。それは「話を聞いて助かる道」と言われてきた本教の信心にとっても、他人事ではない。
  例えば、私たちに伝えられる教祖の「理解」は、信心の導きとなり得る一方、教祖の言葉として無前提に価値付けられる傾向を有している。そこで教学では、そ うした信仰者の態度が「理解」を却って無力な言葉に変化させる問題を背景にして、研究が進められた。例えば、参拝者が教祖の言葉を「聞く」ことを通じて、 神の所在する場所へ接近する事態に「理解」の生成を探る取り組みがある。そこで重要なのは、様々なしがらみに囚われた参拝者が、神との関係で自身の存在を 深く了得する様相であり、そこから「救済」を捉え、今日の人間にとっても「理解」に接する道筋を示そうとした点である。その後も「理解」研究は、教祖の言 葉を予め「理解」と見る強固な前提を引き続き問いつつ、時々の研究者により時代社会との関係で浮かぶ関心をもとにした展開が模索されている。
  また「理解」研究以外にも、「話し手」「聞き手」の間における言葉の通じ難さなど、通常はマイナスに捉えられる事態を、新たな関係や文脈を見出す視点とし て、積極化する研究もある。こうした物事へのアプローチも、生きづらさを抱える人々に向けた信心のあり方を求めるべく、開拓が望まれよう。
  教義研究は、金光教の信心を言葉にして表現し、世の中に提示することが一つの重要な役割だが、人間が生きていく上では、何かを言葉として説明して終わらな い問題も多い。また、かつては力を持った信心の言葉が、時代の流れと共に通用しなくなる場合もある。こうした問題場面に出逢うことは、私たちにとって信心 を問い直すチャンスを与えられていることを意味しないか。


全体討議


  言葉には、話し手による多様な前提が備えられている。そのため、家族や友人など、特定のコミュニティが共有する語法や語義が、それ以外の人には理解できな いことがある。例えば、勤務する高校の生徒に「生かされている」という言葉から受ける印象をアンケートで尋ねたところ、相当数の生徒が自身の生を「意に反 して強いられている」との意味で受け止めていた。
 このことは、神からの恩寵という意味を込めて「生かされている」という言葉を認識している 本教信仰者と、学生達の強いられた現実実感とが乖離していることを窺わせる。本教信仰者が教外者に向かって話すとき、言葉の前提を共有していない関係で は、全く異なる意図で伝わる可能性を考えさせられる。

  本教に目を向けると、教内コミュニティのみで通用する言葉が多く、その意味や使い方を強調しあうことが、内部での関係構築に資するといった向きの信仰理解 の土壌が根強くあったのではないか。そうなると、さらに言葉の意味を限定してしまったり、思考の展開を難しくさせてしまうだろう。この度の議論が、そうし た閉塞性を解いていくために、どのような言葉や対話が目指されればよいのか考えていく、一つの切っ掛けとなればありがたい。

  言葉の前提を共有していない人と話す時、別の言葉に言い換えて伝える場合もあるが、なかなか伝わり難いと感じる。そうした時、言いたいことが自分の体験や 実感に落とし込まれ、言葉が生まれるのを待つ必要があるのかも知れない。また一方で思わされるのは、特に日本語の場合、時として主語が明示されないなど、 言葉のやり取り自体が曖昧になりがちなことである。ここからすると、話し手と聞き手が心掛けるべきことを確認した上で、双方に生じる意味のズレをある程度 までは許容することが、結果的に、より信頼を高める関係の構築に繋がることもあるのではないか。

  今の世では、人間関係の破綻やねじれが多くの人にとって深刻な問題となっている。そのことは、言葉を通じ合わせるときに、かなり大きな障碍となっていて、 互いの理解の妨げにもなっているようだ。例えば、勤めている大学でキリスト教の「隣人愛」について講義した場合、言葉の意味を知識として理解は出来ても、 その意味が指し示す内容に関連する具体的事例を想像できない学生が多い。そして、それによって重要となる意味伝達が滞ることになっている。しかし、その打 開の一つのあり方として、情緒や感情といった実感に触れつつ具体を説明した後に、知識的説明を行うと、言葉の意味内容が理解できる生徒が多いことも感じて いる。このことは、言葉の意味が通じないと思われる関係でも、アプローチの向きによっては通じ合える可能性を示すものではないだろうか。

  一対一での対話に対して、新聞といったメディアを介して考えていくと、一対複数の関係が想定されているといえるだろう。不特定多数に発信するメディアで は、同じ言葉、同じ内容の記事に対して、読み手の数だけ異なる捉え方で反応が返ってくる。そして、そうした反応を踏まえつつ、読み手に届いた先で、言葉が 広く展開していくことを想定しながら、記事を制作し、掲載する。こうした一対複数の対話関係のありようは、制作側と読み手が、そのメディアを通して相互理 解を重ねているとも言えるだろう。
 それは、個人間の対話とは異なる様子なのであり、このことは、本教の教話や教会誌での言葉の投げかけ方を考えさせる。

  教祖と言葉の関わりに目を向けると、例えば「お知らせ事覚帳」などの直筆帳面には、教祖が何度も追記していることが分かる。そこには教祖が神からのお知ら せを記した後、そのお知らせを分かったこととせず、何度も見返しながら意味を確かめ、記す中で言葉としての「お知らせ」が生成していた様子を窺うことがで きる。そうした様子からは、執筆の中で確かめていった意味内容が、教祖の元へ参ってきた人々に向かって語られていたことも想起させられるのであり、その都 度、その内容が展開していた可能性も考えられるだろう。その意味で、現代の私たちもまた、帳面に表れた教祖と神の出会いを通じて、その都度神との出会いを 求めていくことができるのではないか。

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