紀要『金光教学』

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紀要『金光教学』第57号刊行



 金光教教学研究所では毎年、研究の成果を紀要『金光教学』に発表してきている。本年度刊行の第57号には、2編の研究論文のほか、昨年の第55回教学研究会講演記録「現代的知性の再検討と希求される霊性」(講師:中里巧氏/本所嘱託・東洋大学教授)が掲載されている。論文概要は以下の通り。


大林 浩治論文


 「金銭遣い」の世における信心 ―金銭さしむけに関する帳面をもとにして―


  本論文は、新たに教団に提供された教祖直筆資料のうち、とりわけ金銭に関わる記録に注目し、広前における経済実情から、金銭の動きを通じて神との関わりを意識させられていく人間実態の様相について論究している。

 具体的には、安政6年以降も続いた弟繁右衛門への援助内容、広前に奉仕して以降の参拝者への金銭融通や、山伏からの無心、またそれらにあてがわれた年毎の奉献金をまとめている様子、さらに、元治元年の宮建築の頼みを受けた後に生じた棟梁らへの支出のあり方など、直筆帳面中、明治期に至るまでの金銭に関する記録を分析し、金銭が神からさしむけられていく様相を明らかにしている。

 その上で、神の頼みを受け広前に奉仕することに伴う金銭的価値が、信心の社会的信用のしるしとしてあらわれてきたとしているが、しかし、それが逆に、金銭的価値を自明とした信用の問題を浮上させ、「信じること」で成り立つ社会(人間)的関係性に直結した信用それ自体が神との関係で問題化することとなっていたとしている。

 さらには、これら記録が、慶応末年あたりに「神の頼みはじめ」と押さえ直される安政4年を起点に整理されたと見られることから、人間文治において、「信じること」の価値と金銭的価値の関係性が神との関わりに生きる「さしむけの生」(金光大神)で取り上げられ、信心の価値見定めの問題として抱えられていたとしている。


高橋 昌之論文


「先祖」が照らす意味世界 ―「覚書」「覚帳」における記述に注目して―


 本論文は、死生観の変容が指摘される現代にあって、改めて人間のありようが死生との関わりでいかに捉えられ得るのかとの関心の下、「覚書」「覚帳」における「先祖」に関する記述に注目し、そのことをめぐる金光大神の経験内容と意味について教義論の視点で究明を試みたものである。

 具体的には、安政5年における金光大神への先祖の語りかけ(「精霊回向」)や、金光大神に墓地の移動を要請する客人大明神の語り、また、先祖の祭りを促すお知らせ(明治2年)や内孫桜丸の死の場面(同14年)から、生きている人間と先祖との関係や、死者を墓地へ葬ることに浮かぶ意味など、実際の死者を前にした先祖祭祀をめぐって問われる人間のあり方について考察している。

 そのことを通じ、生者は見も知らずとも先祖とつながりその歴史が堆積した存在であること。一方で、先祖達は家の断絶や宗旨というような事情を超えて、神との関係で位置づけられるよう願われる存在としてあることについて論及している。その上で、このような先祖との関係性は、今のわれわれにとって不可知となっている生の領域を可視化させるものであり、人間の個的な生を超えたところで、神との関係からの捉え直しが求められることを指摘している。

  • 定価540円(税込み)。10月1日から金光教徒社で販売開始。


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