教学に関する交流集会

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第9回教学に関する交流集会



 金光教教学研究所は、第9回教学に関する交流集会を開催した。

 この集会は、広く地方在住信奉者との対話・交流をとおし、教学研究に対する意見や要望を聴くとともに、教学的課題の明確化と研究内容の充実を願いとして開催してきたものである。
第9回 教学に関する交流集会
 今回は兵庫県北部教会連合会の協力を得て、八鹿教会を会場に、「教祖さまの思いにふれる ―教祖さまの直筆を見ながら―」をテーマにしての開催となった。

 開会にあたり、荒垣実世連合会長から「これまで教師対象の研修会を通じて教学にふれてきたが、今回、信徒を含め広く信奉者に呼びかけて交流をもつこととなった。お互い楽な気分で、信心として大事なところをわからせていただく機会にしたい」と抱負が述べられ、竹部所長からは「研究には、それぞれの取り組みで明らかになったことを伝えていく目的があり、その際、その研究にどういう意義があるかを伝えることも重要になる。「信心」という言葉で、人はそれぞれに思いを抱き、感じることがある。教学研究も信心に根ざしており、信心を通じた交流により、研究の意義をしっかりさせることになり、また日常の信心の確かめにつながるだろう。お互いに刺激しあいたい」との挨拶があった。

 引き続き、教学研究所の岩崎繁之所員からテーマに関わっての講話が行われた。講話では、教祖の直筆である「お知らせ事覚帳」や、それを筆写した金光宅吉による帳面を取り上げ、それぞれの筆致のあり様から伝わってくる意味合いの違いを、以下のように紹介した。

 「筆遣いを見ていくと、内容を読み込むというよりも、その内容がどう書かれたのかといった、書く人の息づかいに触れることができる。それは、教祖や宅吉それぞれが筆を持って帳面に対面していたそのとき、その場面の生きている様子に、私たちを重ね合わすことになるだろう。「覚帳」には、神を通じた信心の確かめがあるだろうし、親から子への思いといったものも込められている。また宅吉の「覚帳」の筆写からは、子から親へと寄せる思いも感じられ、筆致をなぞることを通して、親との思いがぴったりと重なっていくような様子もうかがえる。このような筆致の様子は、思いを交わしていく教祖と宅吉との信心のつながりを確かめる一つのありかたを示しているだろう」。

 その後、講話を受けた懇談では、「神との関わりと、それが振り返られて受けとめ直されることの違い」、「日々の出来事が神との関わりから見つめられたときの変化」などについて、各自の体験を介しつつ、次のような意見が交わされた。

 「文字を見るというとき、内容を理解するのとは別に、その文字を見ることでしか感じられない意味もあることが理解できた。そうした理解は教祖さまをより身近に感じることにもつながっていると思う。教祖さまは、お知らせを文字にすることで、神さまとの関わりをより実感的になされたのではないか。

 また、「覚帳」を筆写された宅吉も、筆致を通じて、教祖さまや神さまのことを実感的に受けとめられていたのだろう」

 「私は何十年も日記を欠かさず書いているが、日記を読み返しながら、そのとき起きた問題が皆「難はみかげ」の教え通りと悟らせていただいている。教祖さまは神さまの声を聴かれたのだが、私の場合、ここまでの歩みを振り返ることで、神さまと通じていくことができると思えるようになり、おかげをいただいている」。

 当日の参加者は、36名。次回は9月17日、霊地光風館で開催を予定している。
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