研究業務

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令和3年度研究題目



 本所では、教規の規定に基づき、毎年各所員は、研究題目を所長に提出し、認定を受けた上で研究を取り進めて、年度末までに報告をまとめ、所長に提出します。提出された研究報告は、所内での検討を経た後、発表の必要性が認められた報告について、紀要『金光教学』誌上で発表されます。

 本年度の各所員の研究題目は以下の通りです。


第1部(教祖研究部門)



岩崎繁之


 金神社活動における「明治四年」

  ―金神信仰組織再編へ向けた態勢の問題の位相―


 金神社は慶応三年の成立直後に藩の祈願所になるなど、幕藩体制下で公的組織の様相を呈した。ところが明治四年には政府による再編対象となった他、諸問題の生起によって組織の存立が問われる事態となる。一方、この時期の金光大神に目を向けると複数の帳面を作成しており、そこからは信仰組織の態勢再編に向けた社会実態や存立基盤をめぐる問題との関連を窺うことが出来る。
 本研究では金神信仰組織の画期と目される明治四年に注目し、右の帳面類を用いながら、信仰組織の態勢に関わる同年の影響や、金光大神自身への信仰確認に及ぶ問題とその意味を究明する。

堀江道広


  広前へ訪れた者達と金光大神との関わり

  ―「金乃神様金子御さしむけ覚帳」を手がかりに―


 これまで、広前を訪れた者達と金光大神の関わりについては、篤信者の記録とされる「願主歳書覚帳」、「広前歳書帳(教祖御祈念帳)」や諸伝承を通じて、主に参拝という信仰的実践の側面から論及されてきた。ところが金光大神のもとでの金銭融通が記された「金乃神様金子御さしむけ覚帳」には、従来言われてきた参拝とは様相を異にするような、金銭を無心する者達の記録がある。興味深いのは、そうした金銭融通にも「さしむけ」という神の差配を示す言葉が添えられており、彼等との関係をも神との関わりから受け止める金光大神の様子が窺われることである。
 本研究では同資料を手がかりに、広前への訪れとその受け止めとの関係性について、「さしむけ」をも視野に入れながら多角的、実体的側面から検討する。


第2部(教義研究部門)


    

高橋昌之


 人間社会と不条理の問題
  ―特に原爆をめぐる体験の諸相に注目して―


 本教信仰における人間への眼差しや救済への意味を検討する時、戦争や公害をはじめ人間の生命や生活を脅かす社会の諸問題と人間存在の関係をも視野に入れた、教義論展開の必要性が浮上する。殊に日本では大戦末期の原爆投下で多くの人が亡くなり、後代の人も放射能による苦しみを受けている中、原爆開発に導かれた原子力が発電等を通じて戦後社会に繁栄をもたらし、同時に環境破壊や人体への影響を懸念させてもいる。こうした実際は人間の生存に密着する欲や不条理が信仰に投げかける問題を、先人の経験に尋ねつつ探究すべく促してくる。
 本研究では、広島と長崎で被爆した本教信奉者の記録、戦災関連の教務資料等を通じて、広く原爆に関わることとなった人々の経験の諸相を明らかにし、今日の教義を構想する手がかりを探る。


第3部(教団史研究部門)



白石淳平


 神と人との関わり、その描出の実際性と解釈の問題

  ―「覚書」「覚帳」のテキスト環境へ向けて―


 名前や属性によって神を観念する近代社会の解釈視座は、神を根底から基礎付け得るとしているが、それゆえに神の現存そのものは、事物の表象体系における認知対象へと押し止められる傾向にある。このとき神を語る言葉はその体系に即した内容を指示するのみとなり、超越性を毀損する問題を顕わにする。このことは、大きく揺れ動く時代社会の中でその存立を問われ、信心の確かさを伝え現すべく求められる今日の本教に向けて、神と人との関わりをめぐる認識構造の検討を要請してくる。
 本研究では、「暦注略年譜」をはじめ新たな資料を受け入れた現在の資料状況を踏まえ、新旧教祖伝の移行や新教典の刊行といったテキスト環境の変化に関連する歴史的場面に着目し、信仰言説の様相とその推移等から右の課題を追究する。

山田光徳


 明治末大正期の信奉者における対社会意識の生起と諸活動


 明治三三年に一教独立した本教では、同時期から大正期にかけて、各地に種々の目的を掲げた団体が生まれた。それらが結成された背景には、教義形成や布教展開といった教内的諸問題とともに、社会状況・思潮の影響を窺うことができる。またこうした様相から、当該期の諸団体をはじめ、教会、個々人の生活場面等において、信奉者が「社会」を経験した有り様へと関心が及ぶ。
 本研究では、当該期の諸団体や教会等において「社会」が現前し、問題化される有り様を考察することを通じて、本教と「社会」との関係構造及びその経験の意味を究明する。

須嵜真治


 岡山市周辺地域における布教の諸相

  ―金光大神在世時から明治二〇年代を対象に―


 岡山市周辺における初期の布教については、明治一〇年前後に岡山と大阪を行き来していた初代白神新一郎をはじめ、自宅を広前とした布教者たちが知られている。それら従来の知見に加え、近年収集された神道金光教会中島支所(岡山市西中島)の御祈念帳(明治二二~二六年)を窺うと、岡山市の近隣村民、大阪、京都の商人や芸能関係者、近隣支所の関係者等の存在が認められ、当地での布教の全体像へ向けた関心が惹起される。
 本研究では、これまでの研究成果や周辺資料を広く検討し、同御祈念帳の内容も踏まえつつ、岡山市周辺における初期布教の様相を、金光大神在世時から神道金光教会時代にかけて通時的、包括的に捉える。

森川育子


 昭和初期における一青年の信心希求とその背景

  ―松鷹長一のノート類を手がかりに―


 近年、本所に提供された松鷹長一(万代教会初代教会長)のノート類に見られる講話記録には、自身の生い立ち、社会構造への問題意識、就職のため上京した後に修行生となった時の心情や経緯などが、表現を駆使して記されている。このような、教団中央の議論とは直接関係の見られない一青年の生活実感を踏まえた信仰思念は、昭和恐慌や満州事変による社会変動、「自己」の鍛錬や「内面」の問題化といった時代思潮が、一人の人間に及ぼした影響を考えさせる。
 本研究は、これら内容に注目しつつ、関連諸学に学びながら「昭和九・十年事件」へ向かう当該期の教団史を立体的に把握するべく努める。


助手の研究



 この他、助手は所員の指導のもとに、明治末大正期の教内紙誌に見る近代的社会規範の形成と家族との関わり、教典の成り立ちから見る信仰の在り方への問いについて研究を行う。
 なお、各所員・助手の成果は、来年2月上旬に研究報告としてまとめられ、提出される。



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