能登半島第5次派遣(20240412-15)第6次派遣(20240427-30)

能登半島第5次派遣(20240412-15)第6次派遣(20240427-30)

〇能登半島第5次派遣

〇能登半島第6次派遣

◎全体をとおして
4月度もおかげをいただいて2度の派遣を遂行した。
支援先の避難所「門前町浦上公民館」は避難者が4名にまで減ったが、向いに建った仮設住宅には33世帯約90名の避難者、そして近隣の自宅避難者は数知れないが、約160~180食の炊き出しを行っており、地域の行政区長によると、160~180という数は浦上地区のほぼ全住民の数とのことで、地区のほとんどの方が炊き出しを待ってくださっていることになる。区長さんもそのことに感激されている。
第5次派遣では、1月の時点で救援隊に志願された新しい方が参加された。京都府・墨染教会の松岡隊員である。以下、活動後に寄稿していただいた文章を掲載する。

『4月13日(土)・14日(日)に、輪島市門前町の浦上公民館で炊き出しをさせていただきました。能登ではちょうど桜が満開となっており、また天候にも恵まれた中での炊き出しとなりました。
12日(金)の15時、大阪センターの駐車場に集合しました。レンタカーの到着が遅れて待ち時間が生じましたが、その間に今回初参加の私は、何度も参加されている隊員の方に、活動の様子や救援隊の雰囲気、これまでに参加された感想などをお聞きできました。ハイエースが到着したら、テーブル、テント、調理器具、食器、クーラーボックスなどを積み込み、業務スーパーで追加の買い出しをしてから高速で金沢に向かいました。
翌朝、5時半に出発して門前に向かいます。のと里山海道はあちこちで工事されていますが、崩落した隣に新たに道を切り拓いてアスファルトが敷かれている場所や、路面が大きく波打つ場所もありました。そうした目に見える地震の被害と、道ばたで満開になっている桜が一緒に目に映ったのが印象的でした。
7時半に浦上公民館に到着すると、現在、避難所として公民館に避難されている方は3人になったとのこと。今回の炊き出しでは、公民館の避難者の方や、公民館の目前にできた仮設住宅に入居されている30世帯以上の方々、そして周辺の自宅避難の方々に食事を提供させていただきました。当初、80人前程度の提供数を想定していましたが、実際には2倍位上の方々に提供させていただくことになりました。
土曜日の献立はハンバーグ弁当です。ハンバーグ、パスタ、ポテトフライ、ブロッコリー、そして白ご飯。これらを手際よく作っていただいている間に、私は仮設住宅を一軒ずつ訪ねて回らせていただきました。はじめ、緊張したり不審がられてしまったりしましたが、慣れてくるとしっかりお話しできるようになりました。炊き出しが完成してから、再び仮設住宅を回ってお弁当をお届けしたときには、今度は顔をほころばせて受け取っていただけました。大きなハンバーグを作っていただいたおかげでお弁当は重量感があり、お渡しする際にとても喜んでいただけたように思います。
日曜日も朝7時半ごろに到着し、チャーシュー丼の仕込みを始めていると、通りがかる方から、「昨日はありがとう」「ハンバーグ美味しかったです」とお声かけいただきました。とくに、「やっとまともなものを食べられたわ」というお話しが印象的でした。今回初めて炊き出しの現場に入らせていただき、正直なところ、「炊き出し『なのに』こんなに手間のかかるものを?」という思いもありましたが、こうしたお声に接することで「炊き出し『だからこそ』手間暇のかかって本当に美味しいものでお腹いっぱいになってもらいたい」という姿勢がかけがえのないものであると感じました。
また、チャーシュー丼をお配りしていると、一人、また一人と、お手伝いいただける方がいらっしゃいました。仮設住宅の皆さんに呼びかけてくださる方、袋につめる個数を聞いてくださる方、そして、「美味しいですよ」と言いながら手渡してくださる方。いつの間にか、共同作業してくださる仲間のようになり、おかげさまで行列となることもなく、スムーズに配布できました。
今回、公民館や周辺の住宅ではまだ通水しておらず、給水車で補給される飲水タンクが唯一の水でした。ですので、洗い物などが十分には出来ない環境でしたが、少量の水を繰り返しつかって洗うなど、工夫できることもありました。初めてきたばかりの私もふくめ、4人で180人前の炊き出しを提供することの意味を、身をもって実感しました。
「再来週もまた炊き出しをします、こんどはお魚の煮付けもあります」とお伝えすると、とても喜んでいただけました。このように喜んでいただける活動が、今後も長く、継続的に続けられることを祈ります。

以上、初参加の方の感想ですが、非常に優秀でテキパキと働いてくださり助かった。
 私たちの炊き出し活動は異例で、4人で180人分の炊き出しを作ること自体どこのボランティアでも出来ないし、これまでにそんな団体を見たこともないと言われている。
 心を込めて、皆が同じ気持ちで活動を進めていくことで限られた時間内でその数の炊き出しをこなしてきた。第4次派遣、第6次派遣に東京から駆けつけてくれた武内真里奈隊員は大阪大学の3年生(熊本地震)のときから参加してくださっているが、熊本の仮設住宅で炊き出しの日、調理をしている私の前に立ち、「竹内先生、どうしたら調理場に入ることができるでしょうか」と言われた。保健衛生上、不特定多数の人が調理場に立つことは許されていない。救援隊としても調理場には誰も入らないルールとなっていて、衛生上のことは一番神経を使うところであるが、その日はちょうど白神隊長が現場で指揮をとられていたので、「調理場に立たせてもよいでしょうか」と相談の上、「新しい人を育ててください」とのことで調理に加わってもらった。
 さすがにこれまでハイレベルな現場で勝ち抜いてきた方だけあって、教えても飲み込みが早く、瞬く間に救援隊の調理場で手腕を振るうようになった。
 しばらくして優秀な論文を書いて卒業をされたが、この方に憧れて救援隊の調理場に立ったのがここ数年活躍の尹さんであった。二人とも大学を卒業されて今は大企業に勤め、社会の歯車として立派に働かれているが、能登半島地震が発生してすぐに問い合わせがあり、活動への意欲的な参加を申し出られた。
 今の救援隊はこのような隊員ばかりで構成されるようになり、誰が現場リーダーを務めても遜色ない働きができる。だからこそ、どこのボランティアにも出来ない活動がこなせていると思う。
そこに今回のように新しい方が志願され、新たな隊員が育てばありがたいサイクルになっていくが、救援隊の活動は夜も遅く朝も早い、そして一日中休憩もなく、食事も急いで立ったまま摂ることが多い。
だいたいの方はしんどくて一度行ったら二度と行かない。ただの思い出作りに終わってしまう。しかし、ボランティアとはそういうもので、しんどい思いをするために行っていると言っても過言ではない。しんどいなかにこそ人の助かりがあり、たくさんの方が喜んでくださることを我が喜びとして取り組むことが大切であるといつも思わせられる。
 難しいことではあるが、やっぱり、「金光さんが来てくれたから助かった」「金光さんありがとう」「金光さん、金光さん」といわれるまで頑張りたい。
 教区の先生方をはじめ、信奉者のみなさま、ご支援をくださっている企業や一般の皆様には、いつも暖かい励ましのお言葉やたくさんのご支援をいただきありがとうございます。
引き続きご支援のほど、よろしくお願い申し上げます。
(文責・竹内真治)

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