熊本地震第19次派遣、九州北部豪雨第5次派遣(2017/12/4~9)

熊本地震第19次派遣、九州北部豪雨第5次派遣(2017/12/4~9)

◎全体をとおして

 平成29年12月4日から9日まで、「熊本地震」第19次災害派遣ならびに、「九州豪雨」第5次災害派遣に行かせていただいた。
救援隊は11月には東北派遣があったため、熊本には2カ月ぶりの訪問となった。
熊本も寒い冬になっており、夜には気温がマイナスで、一番冷えこんだ日はマイナス4度であった。東北のことを思うとたいしたことはないが、それでも一般人の私には少し寒く感じられた。
熊本の仮設住宅に行くと、いつも新しいことがなされてあって驚かされる。
このたびは、仮設住宅入口に5体の案山子が増設してあり、そのそれぞれに名札がかけられてあった。順番に、竹内、森田、かおる(三宅薫・泉尾教会)、マリナ(武内真里奈・大阪大学)、リン(林亦中・大阪大学)とあった。
なんと、私たちの最近のレギュラー隊員である。そして、最近太ってきた森田隊員を見るや、急いで森田案山子のお腹に詰め物をなさった。
このように、到着の瞬間に皆さんが待ちわびたように出迎えてくださり、ありがたかった。
そして今回は大阪大学から2名の参加があった。
 武内真里奈氏と、乾陽亮氏であった。
 乾氏は初参加であったが、心も体も強く、真夏と真冬は一番厳しい活動であるが、熱心に御用に専念してくれて助かった。
武内氏は、12月に卒業論文の提出を控え、本当は救援活動よりも論文執筆に力を入れなければならない立場であり、しかも、活動に参加をしても、既に論文の内容が決まっているため、執筆の足しになるようなものではない。つまり、この救援活動の大切さに心を打たれての参加であり、非常に嬉しかった。調理にも長けているので非常に助かった。

 実は乾氏も同じ立場にあり、(二人とも来年より就職が決まっている)、大阪大学の教授、学生間で金光教の救援活動がすごいものだという話があって、前からどうしても活動に参加したくてチャンスを探していたときにリンさん(林亦中氏・大阪大学)のキャンセルが出て、急遽、名乗りをあげてくれたのである。

 炊き出しも、名称を「光キッチン」と改め、その名称変更の理由を聞いた仮設の方々は喜ばれた。
「光キッチン」では、仮設では揚げ物を出来ないと聞いているので、今回は「ソースかつ丼」と「フライドチキン」に決めた。
「ソースかつ丼」は福島県の名物になりつつあるB級グルメで、11月に福島県を訪問の際にたまたま昼食で食べたときに、厨房をずっと見ていて少し作り方を真似たが大好評であった。また「フライドチキン」は、「12月ですし世間ではクリスマスです。フライドチキンを振る舞いませんか」という森田隊員のリクエストによるものであった。
二日とも大盛況であったが、それよりも仮設住宅住民の方々は気になることがあって、口々に、「今回が終わりでしょうか。もう会えないでしょうか」と尋ねられた。

 実際、私自身も予算との兼ね合いを考えると、この12月で、、、、、ということは、ひとつ大きな決断のときであると思っていたが、今回は白神隊長ご夫妻が活動に参加なさっていたので、「住民の方々はこう尋ねてこられますが、いかがでしょうか」と尋ねると、「いろんな声はありますが、現場を見ていない人がとやかく言うことでもありません。被災地の現場に立つと、まだまだ復興途上な状況がある。ここで終わりと決めつけないで、助からなければならない方がおられる限り、私たちも一生懸命続けさせていただきましょう」とのことで、住民の方々や地域の方々に笑顔が戻った。

 また、隊長夫人の申し出で、いつもお世話になっている、仮設住宅管理人のKさんを隊長主催の夕食会にご招待した。
Kさんはご夫婦で来られて、お酒も入るうちに、心のうちをいくつか聞かせていただくことが出来る機会となった。Kさんの奥様も一時、病に伏せられていて、仮設住民や救援隊員が心配している方のお一人であったが、ここ最近は非常に調子も良さそうである。管理人さんを食事に誘うという発想がこれまでにはなく、また、そういう経費も出ないので、このたび、非常に良い時間を過ごすことができた。

 隣接の保育園で続けてきたUSJのミニオンのイベントも非常に喜ばれて、取材に来てくれた金光新聞の先生も「全教のみなさんに届けます」と言って帰っていかれた。また記事になって掲載されるのでお読みいただければと思う。
 帰りがけには、「一月の訪問は難しいと思いますが、2月にまた予定させていただきますので、みなさんどうか、それまでお元気で。さようなら」と言うと、仮設住民の方々はウルウルと涙を溜められて見送ってくださった。
そして、大分に向かったのだが、途中雲行きが怪しくなってきた。雨が固くなってきたかと思うと、突然に雪が降ってきて、みるみるうちに道路に積もっていった。熊本から峠をいくつか越えて大分に向かう。行き交う対向車の屋根には、10センチから20センチの雪が積もっていた。
 神様にはご祈念させていただいて、ゆっくりゆっくりと車を走らせて、なんとか大分に辿り着くことができた。

 大分では、被災した大鶴教会の江田泉先生が先頭に立って地域の御用をなさっている。先生は、大鶴地区のボランティアセンターの長になっておられた。
 私たちの「光キッチン」はその日、地域住民はもとより、極寒の作業を終えて帰ってきたボランティアの方々に対しても「豚汁」を振る舞うことが出来て、ボランティアに対するボランティアということもさせていただくことができた。
大鶴教会のはす向かいにある電気屋さんは、教会と同じように被災をして、ずっとその後片付けに追われていたが、このたび私たちが訪問した日が新装開店の当日で、テレビクルーが取材に来て長い時間取材をなさっていた。
 店の主人も緊張した面持ちで取材を受けていた。私たちは時間がなかったので、取材されている店主を横目にその場を去ったが、あとで電話がかかってきて、「ありがとうございました。おかげで今日、新しく開店させていただくことが出来ました。これからまた頑張ってやっていきますので、また来られたときには立ち寄ってください」とおっしゃった。

 5カ月で復活されたその姿を見させていただき、内情は辛いものを抱えておられることとは思うが、少し安心することができた。
宿泊も、「鶴の恩返し」というボランティアハウスでは寒いからと、大鶴教会の離れに泊めていただいた。その離れも2メートルの浸水をした跡がクッキリと残っており、壁は流れたので、ビニールシートで応急処置をしてあったが、暖房を入れてくださったので、暖かく過ごさせていただいた。

 教会周辺の村は、未だ橋が落ちたままであったり、水害の爪痕を残したままだが、少しづつ復興出来てきていることは本当にありがたいと思う。
 いつも思うが、何もなかったら、本当にのどかで良いところなのに、自然災害というのは本当に恐ろしいなと思う。
天地大自然への畏敬の念、畏怖の念を忘れることがないように、日々、自分自身も気をつけたいと思う。

 以上、「熊本地震」第19次災害派遣、「九州豪雨」第5次災害派遣の報告とさせていただきます。
教区の先生方をはじめ、全教の信奉者のみなさまには、いつも暖かい励ましのお言葉やたくさんのご支援をいただき、このたびも事故や怪我もなく活動を終えさせていただくことができました。ありがとうございました。
このうえとも、お世話になりますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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