◆◆◆ 金光教ガイド ◆◆◆
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やつなみ(教紋)
   ■「金光教」の名称の由来
   ■「天地金乃神」について
   ■「生神金光大神」 について


「金光教(こんこうきょう)」の名称の由来
 「金光(こんこう)とは金光(きんひか)るということ。
 世界中へ“金乃神(かねのかみ)の光”を光らせておかげを受けさせる」 と
 教祖金光大神(こんこうだいじん)様は言われました。
 教祖金光大神様は、神様の願いに添って、世界中に この光を届け
 人類の苦難を救おうとされたのです。

てんちかねのかみ
天地金乃神
 山から流れ出る水は、川となり、やがて海に集まり、日の光を受けて蒸発し、雲となり雨となって、また山に降り注ぎます。しかし私たちは、このメカニズムひとつ作れません。また、科学の進歩は、遺伝子レベルで人間のいのちまでも操作するようになりましたが、いのちそのものを生み出すことはできません。人間は人間だけの力で生きているのではなく、大いなる天地のいのちに生かされて生きているのです。
 このように、人間をはじめ、あらゆるものを生かし育てようとする天地のいのちを私たちは、「天地金乃神」様とお呼びしています。
天地金乃神様は、人間と離れた所から、すべてを支配するのでなく、どこまでも私たちと深くかかわり合い、私たち一人ひとりの助かりを願ってくださっています。
 金光教祖は神と人間の関係を、「人間あっての神、神あっての人間」と教えられました。人間は、神様の恵みの中に生かされて生きており、神様も、人間をとおして生きた働きを現されるのです。
 神と人との、このような関係を、金光教では「あいよかけよ」といいます。
 
     いきがみこんこうだいじん
教祖 生神金光大神

 金光教の教祖は、1814(文化11)年、現在の岡山県金光町に農家の次男として生まれました。
 幼少の頃から信仰心が厚く、何事にも実意を尽くされましたが、家族を次々と亡くし、教祖自身も42歳の時に生死をさまよう大病をします。病床の中、さまざまな思いを捨て、天地に身を任せた時、「天地金乃神」と出会い、神の心を知り、九死に一生を得たのでした。そこから、教祖独自の信仰が始まります。
 1859(安政6)年、教祖は天地金乃神様から、「難儀な氏子を取り次ぎ助けてやってくれ」との頼みを受けられ、そして、農業をやめ、人々の願いを神に祈り、神の願いを人々に伝える「取次(とりつぎ)」に専念されるようになったのです。
 その後、天地金乃神様は教祖に「生神金光大神」という神号(神からの呼称)を与えられました。この「生神」ということについて、教祖は人々に、「生神とは神が生まれることであり、難儀な人を助ける時、そこに神が生まれるのである。だれでも生神の働きを現すことができる」と教えられました。